ある日の昼下がり


地上より高い場所が好きだった。理由はうまく説明できないけれど、なんとなく高いところにいる方が地上にいるよりも風の通りは良いし空気も澄んでいる気がするからだろうか。その日の風の香り、温度や速さを肌で感じながら空を眺めたり、地上を見下ろしたり、本を読んで過ごすことが好きだった。

運動場で授業を受けている学生の声がBGMになるような、そんな程よい雑音が微かに届く校舎の屋上。凪は手元の文庫本を捲りながら活字を追っていた。落下防止のフェンスの前にハンカチを敷いて、その上に膝を立てて座る。所謂体育座りというやつだ。剥き出しの足が汚れなくて本を読む時一番楽な座り方がこれなのだ。
時間が経つのも気にせず黙々と本を読み続け、時折隣に置いてあるストローのささった紙パックの紅茶を手に取り飲む。その間も目線は本に落としたまま。今日は本の日だな、もう放課後までここに居座ろう。そう開き直った時だった。

「よお」

低い声と共に太陽光が遮られ、目の前が影で覆われ暗くなる。反射的に顔を上がれば、自分を影で覆った人物、グリムジョーがそこにいた。
白の学ランのボタンを全て開けて、ミントグリーンのド派手なシャツとそこに描かれた豹のイラストが目に飛び込んでくる。相変わらず主張の激しいこと…と凪は息を吐きながら本を閉じた。

「特進クラスがこんなとこでサボってていいのかよ」
「成績落とさなきゃ問題ないでしょ」

今日は授業受ける気分じゃなくて、本を読みたい気分だったの・と手元の本を彼に示せば、お前いつか刺されんぞと物騒な予言をされる。なんでよと眉を顰めながら聞いてやれば、グリムジョーは凪の隣に腰を下ろしながら、持っていたサンドウィッチの袋を勢いよく開いてそれに噛み付いた(今日はたまごサンドらしい)。
咀嚼しながらグリムジョーは、てめえまた全国模試上位だったんだろと横目で凪を見ながら言う。

「てめえのクラスのガリ勉どもからしたら授業サボってる奴に負けるとか、屈辱でしかないだろ」
「あんた屈辱って言葉よく知ってたね。漢字で書ける?」
「てめえそういうとこだわ。殴られてえか」
「暴力反対」

受け流すような問答をし、また何か言い募ろうとするグリムジョーを無視して一口ちょうだい、と彼の腕を掴む。されるがまま力を抜いていたグリムジョーの手は簡単に引き寄せることができて、彼の返事を待たずにサンドウィッチの端に噛み付いた。薄いパンとしっかり味がついたたまごペーストの塩梅が絶妙で、口からはみ出たペーストを中指で拭い取りながら、ありがと・と彼の腕を解放する。グリムジョーは動じることなく凪が噛みついたサンドウィッチの続きを再び食べ始めた。

「それで?迎えにきてくれたの?」

近所に住む、幼い頃からの腐れ縁。ずっと一緒にいるのが当たり前で、気がついたら恋人同士になっていた。端から見れば凪もその容姿の派手さから、水色の髪をしていかにも不良というカテゴリに分類されるグリムジョーと同族と思われるのだろう。紺色のスカートの皺を伸ばしながら凪は立ち上がる。スカートの丈は校則で定められているものより随分短いし、グリムジョーとお揃いの指輪やピアス、ネックレスだってもちろん校則違反だ。
けれど、凪は勉強ができた。
校内テストは学年トップクラスの成績を取るのは当たり前。全国模試でも上位の常連だ。不本意だが義理の兄も飛び級で海外の大学に留学中なので、遺伝的なものもあるのだろう。だから少々見た目が派手でも教師陣は何も言わない。逆に同じクラスの大多数の者から疎まれているくらいだったが(逆恨みもいいとこだわ。仲の良い友人もいるし関係ないけども)、常に凪のそばにいるグリムジョーに恐れて凪に何かしてくることはなかった。凪とて何かされれば黙っていないが。

「ん?ああ、屋上にてめえいるの見えたからな」
「あんたのクラスからここ見えるの?どんだけ目良いのよ」
「てめえの姿は間違えねえよ」

最後の一口を放り込んで、グリムジョーも立ち上がる。うち来いよ、と顎で屋上のドアを示しながら誘う彼に頷いて、鞄とって来なきゃ、と言えばロカにでも頼んどけ、とグリムジョーは言う。授業中の今荷物だけ取りに行くのも悪目立ちしてしまうからばっくれるなら今このままなのが良いだろう。ただロカにわざわざ荷物をまとめて持ってきてもらうのも悪いと思い、それはちょっとねえ、と言いつつ、結っていた髪紐を解いて本を手にグリムジョーの隣に立つ。

「あんたんちに行く前に夕食の材料買っても良い?」
「あ?泊まんのか?」
「鍵の入った鞄が教室にあるの。明日の朝まで取りに行けないから家に帰れないわ」

だめ?と上目遣いで尋ねれば、鼻で笑われる。誰が、と否定されて凪も笑った。頭を抱えられて彼のバイクが停めてある駐輪場に向かう道すがら、同じクラスで真面目に授業を受けているウルキオラと窓越しに目が合った。ヒラヒラと手を振れば、呆れたようにため息を吐かれた。声に出さずに、後はよろしくと口の動きだけで伝えれば、了解したのかしていないのか、さっさと行けとジェスチャーで返された。
とっても平和な昼下がり。モラトリアムな毎日がずっと続ければ良いなと思って凪はグリムジョーにまた寄り添った。


END
(20220904)



back