黎明を剥がす
私は人より嫌いなものが多いと思う。
自分勝手な死神。
弱い死神。
借りを返さない奴。
人のものに勝手に手を出そうとする奴。
抵抗できない弱い存在を、容赦なく虐める奴等。
そして、それを指揮して高みの見物をして笑ってる奴。
そんな性悪な存在を葬り去ることが、私の悲願であり、いつしか生きる目的になっていたのだ。
・・・
虚夜宮の一角で、絶叫と形容できる悲鳴が響く。ロリは折られた自身の脚を抑えながら、痛みの衝撃で泣き叫んでいた。突如として現れたグリムジョーが、メロリの上半身を文字通り虚閃で吹き飛ばし、自分の脚を肉ごと折ったのだ。人間を虐めることの何が悪いの?気に入らないから虐めただけなのに。グリムジョーが現れたことも、人間の女の味方をしていることも、自分の脚が折られたことも、とにかく情報量の多さと痛みと恐怖で脳が状況の整理と感情の制御を拒否しているかのように、ロリは叫んでいた。グリムジョーが織姫に近づくのが見える。なんであんな女を庇うような真似…!そう朦朧とする意識の中で悪態をついた瞬間だった。
「今度ナイショで、何?」
背後から降ってきた冷たい声と重厚な霊圧に、喉が締まり悲鳴が止まった。ひっ、と悲鳴とは別の声が漏れる。そして反射的に振り返れば、自分を見下ろす死神の女の姿を霞む視界が捉えた。藍染たちとは違う、黒の死覇装姿のまま。白の死覇装を纏うことなく、全身黒づくめの死神は、冷ややかにロリを高いところから眺めていた。彼女はその場に立っていて、ロリは脚を折られ蹲ってるだけなのに、ひどく高いところから見下ろされているような、同時に畏怖のようなものを感じさせた。
かつてこの死神の女に対し、こんな感情は抱いたことなどない。ただ、得体の知れない死神だとずっと思っていた。自分と同じように藍染の側近(勿論文字通りの意味ではない)で、それなのにグリムジョーとも関係があるのは知っていたから、この女もただの好きものだと思っていた。普段から大した霊圧も感じない。そんな死神と行動を共にしているグリムジョーのことは理解できなかったし、それ以上にこの女の考えていることがわからなかった。
それなのに、今彼女から発せられている霊圧はなんなのだろう。藍染と同じ色をした、重厚なまでのそれを感じる霊圧。周辺が黒の世界に包まれていく、そんな気がした。
凪はなんの感情も持たない目で、無機物のようにロリを見ていたかと思えば、無残に転がっているロリの脚に目を向けた。先程グリムジョーが折ったもののなれ果てである。
「破道の五十四、廃炎」
彼女の指から放たれた火の球がロリの脚だったものを消し炭にした。
目障りなのよ、その使い勝手のない脚も、あんたみたいに群れないと何もできない奴も。
吐き捨てるように凪は言って、じろりとロリをはじめて睨んだ。
「おい凪。それ使うな、胸糞悪い」
織姫の傍に立つグリムジョーが凪に向かって叫んだ。凪は一瞬怪訝そうな顔をしたが、合点がいったのかひとつ頷いた。
「あんたの腕も廃炎で燃やされたんだっけ。ごめんごめん、邪魔なもの消すのにはこれが手っ取り早くて」
「てめえ俺の腕も邪魔って言ってんのか?殺すぞ」
「物騒な言葉使わないで」
凪は手の甲を振りながら、早くその子の顔治させてよ・とグリムジョーに声をかける。織姫の顔についた傷は自分がつけたもの。ロリはそのやりとりを黙って眺めながら、なんなの…と小さく口の中で独りごちた。
その声を拾ったのか、凪はまたロリに目を向けた。そして今度はロリと目線を合わせるかのようにしゃがみ込んだ。ロリの顔を下から覗き込むようにしながら、凪は笑う。
「今度ナイショで…なんだったっけ?」
もう、喉の音すら鳴らなかった。ロリは引き攣った表情のまま動きを止めた。凪は小さく息を吐いて立ち上がる。と同時にロリの顔面を思い切り蹴飛ばした。その細脚のどこにそんな力があるのかと言うほどの勢いで、ロリが壁まで飛ばされる。壁に身体を打ち付けたロリはその場に倒れ込んだ。ぱら、と壁が崩れる音がする。
「藍染の相手だけしてればよかったのよ、あんたは」
死覇装の裾についたロリの血を忌々しそうに払いながら、凪は斬魄刀を手にした。
「グリムジョーは黒崎一護のところに行くのよね?」
「あぁ。てめえは?」
「藍染のところ」
眉を顰めた彼に対し、凪は短くちょっと殺してくるわ、と一言付け加えた。一瞬呆けた表情をしたグリムジョーだったが、その意味を理解したのかハッと声を上げて嗤った。
「死ぬなよ」
「あんたもね」
ほんの少し、しかししっかりと目を合わせた後、お互い背を向け踵を返した。共闘など、今のグリムジョーと凪の選択肢にはなかった。それぞれの敵に狙いを定め、これまで磨いてきた牙を向ける時がきた、ただそれだけだ。
殺されるならお互いの手で。
いつかそんなふざけた約束をした。それは約束なんて優しい言葉ではなく、契約に近いかもしれない。しかし今はそれが心の拠り所であり、何が何でも死ねないという強さとなって心に存在していた。
次に会うときはお互いの獲物を狩り獲ったとき。
そう、信じて疑っていなかった。その時は。
END
(20220118)
back