祈りは済ませたか


死神の寿命は人間よりずっと長い。だから致命的な傷や病を負わない限り老いはせど自分も半永久的に生き続けると思っていた。しかし、それは虚のそれとは比べ物にならない。だからいつか先に逝くのは自分の方だとも思っていた。思っていたけれど、こんなに早くそんな日が来るなんてことは思ってもみなかったというのが本音だし、彼もきっとそうだと思う。

大昔、魂魄を削られたときに傷つけられていた鎖結と魄睡。完全に修復していたと思っていたけれど、時を重ねるたびに少しずつ痛みが戻ってきていた。そうなってしまうのも無理はないくらい無茶もしてきた。無理やり人地を超えた力に頼って修復してもらったり、自分の能力を超えた戦いだって繰り返し繰り返し行なってきた。
だからいつかこんな日が来るとは、どこかで覚悟していたけれど。

実際この日が来るまで、彼を置いていくことになる覚悟はできていなかったな、なんて。

見たことのない彼の表情を目にして。今になって、強く思う。

「…ねえ、そんな顔をしないでよ」

霞む視界の奥でじっと凪を見つめているグリムジョーは険しい表情のまま。眉間に皺を寄せて目を細めて、瞬きひとつしない。凪はそんな彼に対して弱々しく笑いかける。

「ずっと一緒にいる、て言ったのにね」

ごめんね、とがらにもなく謝れば、グリムジョーはこの状況でも遠慮なく舌打ちをしてきた。

「謝るくらいなら消えんじゃねえよ」

もっともだ。
そんな彼の言葉に凪はまたひとつ笑って、無理言わないでと呟いた。それはちゃんと音になって彼に届いただろうか。喉の奥からヒューヒュー音がする。息が漏れているのか、魂魄が溶けているのか。
ぴしっと指先が欠ける音がする。霊子が身体の形を保てなくなっているのだ。もうすぐ消えてしまう。大昔、傷が癒えなくて消えかけたときはグリムジョーの霊圧を分けてもらって生きながらえたときもあった。けれど今はもう、その域はとっくに超えてしまっていて。
それもまた大昔、事象の拒絶という神の領域を犯す力を持った人間の少女に何度も命を救われた。そんな彼女もとっくに寿命を迎えてもういない。彼女がいなかったら今ここに自分はいないのだから、こんな風に最期を迎えられることだって幸運で。本当に贅沢なことなのだ。…まだ生きていたいなんて、本当は思ったりしたらいけないのに。だめなのに。


まだ、グリムジョーと一緒に生きたかった。
生きていたかった。

離れたくなかった。


「追ってきたらだめよ、あんたはこの世界の王なんだから」


虚圏の王として君臨するグリムジョーの隣にいる女が弱くてはならない。そう思って鍛錬は欠かさなかったし、共に戦いにだっていった。もともと戦うことは苦ではなく、なんなら強さこそ、戦うことこそ自分の存在価値を示すものだと思っていたから。護られる存在になんてなりたくなかった。お互いの背を預けられる存在になりたくて、なって、隣に並んで。

ああ、なんて楽しい日々だったのだろう。
虚圏に来るまでの地獄はもう過去の日々だと笑って言えるようになった。そんな風にさせてくれたのはグリムジョーがいたから。グリムジョーが共に生きてくれたから、私は今ここにいて、ここまで生きてこれたのだ。

贅沢もので、贅沢を覚えすぎた。
たくさんの愛を与えられすぎた。

「ねえ、グリムジョー」

もう彼の顔は見えない。視力はとっくに失われていて、今見ている彼の顔は記憶の中のものなのだ。ごめんね、ともう一度繰り返して、楽しかったね、と小さく呟いた。

「私ね、とても楽しかったの。あんたは?」
「…聞くまでもねえだろうが、そんなこと」
「あんたらしい答えね」

ふふ、と自然と溢れた笑みとともに、またぴしぴしと身体にヒビが入る感触がする。

「ねえ、生きてね。あんたは生きて、もっともっと、楽しんで」

そう願ったところであなたにはもう聞こえないし届かないのだろうけれど。そこで私の意識は完全に途絶えた。最期の最期、残った聴力が捉えたのは、「逝くな」と絞り出すように呟かれた彼のらしくない小さな声だった。


END
(20230814)



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