末路に神が宿る


「君とグリムジョーて、結局どういう関係?」

もやがかった記憶の中で前触れなくふと思い出されたのは、ピンク色の頭をした破面に投げかけられた言葉だった。凪ははっと目を開き体を起こして周りを見渡すが、そこには誰の気配も感じられなかった。そうだ、先の大戦で藍染は封印され、空座町に侵攻した十刃のほとんどは消えてしまった。ザエルアポロも虚圏で敗戦したと聞く。あの騒動が嘘のように、今虚圏は静寂の世界に変わってしまっていた(戻った、という方が適切かもしれない)。

どういう関係…確かにどういう関係なのだろうか。藍染に魂魄をほとんど奪われ死にかけたが、事象の拒絶により何とか生き延びた。しかしまだ体力と霊力は完全に回復しきれておらず、凪は無事だった自分の宮の寝台で横になっていた。ほとんどの時間を眠って過ごし、先程のように時折夢を見て目を覚ます。その繰り返しだ。
しかし今は再び眠れそうにない。どういう関係?不本意ながら死神である自分と、破面のグリムジョー。そう簡単に一言で表せる関係性ではない。むしろ関係性に名前が必要なのかという疑問もあるが、一度考え始めたら思考が止まらなくなってしまった。

仲間?(何をもって仲間というのか)
友人?(友情など1ミリも覚えたことはない)
恋人?(なんか気持ち悪い)

関係性を表すワードが脳内に巡るが、どれもこれもしっくりしない。虚圏に来て色々あり本気で殺し合ったこともあったが、結局今の今まで共に時間を過ごしてきたのはグリムジョーだ。何度も抱き合ったしそれも考慮すると一線や二線軽く超えている。恋人なのか?いや、恋という単語がまずこの上なく自分達には似合わない。ある程度お互い執着があり、前触れなく抱き合うような関係。…考えるのがなんだか面倒になってきた。
そもそも種族が違うのだ。死神と破面。本来敵対する関係。交わること自体が罪になるのかもしれないが、正直誰に罰せられるわけでもなし、どうでもよかった。お互い何かしら言葉にして想いを伝えあったこともなければ、気づけば自然と今の関係になっていたし、それ以上もそれ以下もないのかもしれない。

「よォ」

見知った霊圧がしたかと思うと、宮の入り口から顔を覗かせたのは、まさに今まで関係性に名前をつけられず悩んでいた相手だった。
グリムジョーも大怪我をして死にかけていたが、先に回復して今では虚圏を駆け回っている。野生の野良豹は違うわ、と思っていたら、「てめぇ今ムカつくこと考えてたろ」と睨み付けてきた。野生の勘、てやつね。その尋問めいたものは無視して、聞きたいことだけ聞いてみることにした。

「私どれくらい寝てた?」
「半日は寝てたな。起きんのか?」
「一回起きようかな」

眠り過ぎて軽く頭痛がする。こめかみを抑えながら寝台に腰掛けた。目を閉じてずきずきとした痛みが引くのを待つ。気配でグリムジョーが近くのソファに腰掛けるのがわかった。カラカラになった喉を枕元にあった水で潤す。自分で用意した記憶はないから、グリムジョーが置いてくれたのかもしれない。こんな気遣い、少し前なら微塵もみせることなかったのに。
じっとこちらを見ているグリムジョーに目をやると、なんだよ、と再び睨め付けてきた。目つきの悪い輩だこと、と思いながら、もう一口水を飲んだ。

「さっき夢にザエルアポロが出てきたんだけど」
「ザエルアポロ?なんだよ今頃。気持ち悪ぃ」

吐き捨てるように言ったグリムジョー。同じ十刃であったとしても仲間意識のかけらもなかったようだ。知ってたけど。

「いつか、あんたと私がどういう関係か・て聞かれたのよね。なんて答えたか忘れたけど」
「は?なんだそりゃ。頭イカれてる奴の考えることはまじでわかんねぇな」

もういない同胞に対する言葉とは思えない存外な言い方だが、彼にとっては本心なのだから仕方がない。グリムジョーは立ち上がって凪の傍に寄った。彼女が持つグラスを手の中から取り、残りの水を一気に飲み干す。温い、と不服そうに呟いて、グラスをまた凪に戻した(返されても困るんだけど)。
グリムジョーは頭を掻きながら窓際のデスクに向かい、そこに置かれていた林檎を手に取り齧りついた。シャクシャクという咀嚼音が響き、もう一口齧り付いたかと思うと今度はそれを凪に投げて寄越す。グラスを枕元に置いた直後だったので、凪は不意をつかれた形となり、林檎を取り落としかけたがなんとかそれをぎりぎり手の中におさめることができた。「食べ物を投げないで」と文句を言えば、うるせぇと会話のキャッチボールを無視した返事(そもそも返事にうるさいって何?)が返ってくる。言っても無駄だと凪は溜息を吐いて、手の中にある彼の歯形がついた林檎を眺め、やああって口に運んだ。シャリ、とした食感とみずみずしさ、そしてほのかな甘味が口内に広がってほっとした気持ちになる。何度か林檎を口に運び、その自然な味を堪能していると、不意にグリムジョーが口を開いた。

「破面になって、食い物とか、…何かを分け合ってんのはてめえだけだな」

凪の方を見ずに独りごちた彼は窓の外を眺めている。破面になって、ということは、恐らくヴァストローデ級に成る前のこと…アジューカス級時代を指しているのか。今はもういない彼の従属官たちの姿が思い出される。藍染の元に下るまで、彼らは共に行動し虚を捕食し続けていたと聞く。協力して同属の虚を狩り、捕食して、六人で歩んでいた。今はひとり残された“王”は、貪欲に力を求め続けている。その軸は一切ぶれていない。
凪は手の中の林檎に目を落とした。そして一口口に含んで、咀嚼しそれを飲み込んだ。グリムジョー、と彼を呼ぶと同時に林檎を投げ返す。

「食い物投げるなっつってたじゃねえか」

危なげなくそれを片手で掴んだグリムジョーは、若干不服そうに凪を見て言う。凪はそんなグリムジョーを無視して、私も、と言葉を続けた。

「私も誰かと生きるために必要なものを共有したことないかも。グリムジョーがはじめてね」

水も、食べ物も、…心も。誰とも共有したことはなかった。生きるために必要なものを誰かに渡せるほど自分に余裕はなくて、全て奪われるのが怖かったから。けれど、目の前にいる男にはそれらを渡せるし、本人は不本意かもしれないが渡してくれる。私たちは、何かを分け与えながら生きている。

「命を共有する関係、て、重たすぎる?」

あの時、ザエルアポロに何て答えたかは本当に忘れてしまった。けれど今ならそれが自分の答えになるだろう。誰かに公言するかは別として。
グリムジョーは表情ひとつ変えず凪を見ていたが、ゆっくり彼女の方へやってきて立ち止まった。そして乱暴に彼女の後頭部を掴み、彼女を引き寄せた瞬間に口付けた。口内で彼の舌が暴れて、先程までお互い口に含んでいた林檎の甘さが重なる。舌を吸い合うたびにくぐもった声と息が口の端から漏れて、凪はそれに耐えきれず寝台に倒れ込んだ。倒れる寸前で、グリムジョーが凪の背に手を回し、倒れ込む衝撃をやわらげてくれた。
その姿勢になってもグリムジョーは離れない。いつの間にか彼女に覆いかぶさるように唇を貪っていたが、ようやくそれが離れた気配がして、凪は目を開けた。グリムジョーは口角を上げ、ニヤリと笑った。

「共有なんて甘っちょろいこと言ってねえで、俺のモノ全部てめえにくれてやるから、てめえも全部俺に寄越しやがれ」

共有の遥か上をゆくその提案は、とても飛躍していて彼らしいことこの上ない。少し驚いた表情を浮かべた凪だったが、返事の代わりにグリムジョーの首に両腕を回す。そして彼と同じように口角を上げた。

「これからも一緒に生きてくれるのね」
「じゃなきゃ俺の全部てめえにくれてやるわけねえだろうが」

言い終わるのが先か唇を塞ぐのが先か、また何かを奪うように、グリムジョーは凪の唇に自分のそれを重ねた。
身体ごと、心ごと、何もかも溶かしあって、いずれひとつになれればいい。そんな思いが凪の中に生まれる。強さも弱さも何もかも。全部彼にあげるし彼の全てを受け取ろう。この先誰にも割って入らせやしない。

世界の果てで、生きる意味を見つけた。
凪は頬を撫でる代わりに、グリムジョーの仮面にそっと指を這わせた。


END
(20220122)

image song by King Gnu 「一途」



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