星と粉砂糖
乱れたシーツに身体を預け、うつ伏せで凪は息を整えていた。息ができるよう顔だけは横を向けて、意識して深く呼吸を繰り返す。窓から光が差し込んできて思わず目を細めた。虚夜宮の人工の空はまだ残っていて、律儀に昼と夜を繰り返している。そういえばさっきまで真っ暗だったのに、いつのまに日が昇ったのだろうか(さっきまでといっても、正直いつ時点の話なのか記憶は朧気だけど)。
顔の横にあった手の指を伸ばして曲げる。これくらいならなんとか動かそうと思えたが、身体を起こす気力はない。ふと視界に入った自分の手首は赤くなっていた。握られたのか掴まれてたのか…とにかくくっきりと人の手形だとわかる痕が残っていた。ずっとうつ伏せでいるせいか、胸が自重で潰れて痛い。いや、痛いのは他の原因もあるのかもしれないが。…痛いといえば、身体のあちこちもそうだ。赤くなっている手首もそうだし、無理な体勢をとったせいか、ノンストップで身体を酷使したせいか、とにかく色んなところが痛かった。ついでに喉も痛い。先程までの行為で散々なかされたことを思い出して、あーーーと声にならない声をあげた。あぁ喉がぴりつく。
凪はおもむろに広い寝台に合ったサイズの大きなシーツを手繰り寄せ、身体にぐるぐると巻きつけた。普段は肌に何か纏わりつくのは好まないけれど、何故か今日はそうしてしまう。羞恥心なのかなんなのか。とにかく身体中に残ってるであろう色んな痕を隠してしまいたかったのだ。
「何やってんだお前」
不意に背中にかけられた声に、凪は内心びくりとする。一拍おいて首をそちら側に向けると、怪訝そうな顔でグリムジョーが立っていた。すっかり彼は服を着替え、ついでに水浴びでもしてきたのだろう。こざっぱりしている。自分だけ良いご身分だこと・といつものごとく悪態を吐きたかったが、喉が痛くてうまく声が出なかった。
寒いのか?と聞いてくる彼に、ふるふると首を横に振った。首まで痛い。なんでだ。
「おら、持ってきたぞ」
彼は両手に抱えてたものを凪が横になる寝台にバラバラと落とした。凪は視線だけそちらにやると、そこには虚圏ではあまり見られない果物の山と、ボトルに入った飲み物、そして色とりどりの菓子(金平糖?飴?)のようなものまであった。
そういえば、と朧げな記憶から一番新しいものを引っ張り出す。散々グリムジョーに抱き潰されて(それはもう獣の如く、こいつは体力の底がないのかと。所謂絶倫というやつだった)ようやく事が終わったと思ったのに、またいそいそと盛ろうとするのでさすがにもう無理!と断固拒絶したのだ。そして擦れる声で必死に、少し休ませてほしいことと、喉が痛くてたまらないから喉に優しいものを調達してこいと半ば強制的に命令したのだった。はじめは不服そうだったグリムジョーも、荒い呼吸の中で睨め付け続ける凪に根負けしたのか、とぼとぼと宮を出て行ったのが少し前。
…少し前だと思っていたけれど、あの時は太陽が昇っていなかったから、それなりに時間が経過したのだろうと推察した。きっと知らない間に自分も眠っていたのだろう。
「よくこんなにあったね。どこで見つけてきたの?」
ケホ、と咳をしながら凪は声を出す。擦れたそれは自分で聞いていても痛々しいものだった。
咳き込みながら寝台にばらまかれたそれらを見やる。林檎くらいなら虚圏にもあったが、他の果物はこれまで見たことがなかった。また、飴なんていつぶりに見るだろう。グリムジョーは菓子というものの存在も知らないだろうし、どこでこれを見つけてきたのだろうか。得体の知れないものを彼がわざわざ持ち帰ってくることは考えにくかった。
グリムジョーは凪の問いに、あー…と少しバツが悪そうに目線を宙に泳がせる。
「…もらった」
「は?誰に?」
「…お節介なやつ」
凪は怪訝そうにグリムジョーを見やるが、問い詰めるのは後にすることにした。今はとにかく水分を摂りたい。
横に転がっているボトルに手を伸ばして掴むが、それを胸元まで引き寄せた後にどうしようかとしばし考える。この体勢のまま飲食はできない。全て溢れてしまうだろう。しかし体の痛みと倦怠感で到底身体を起こす気にはなれなかった。でも喉は痛いし少しでも潤わせたい。そんな解のない問答を自分の中で繰り返していた凪の手から、グリムジョーがボトルを取り上げる。グリムジョーは水を口にふくんだかと思うと、凪に口移しでそれを飲ませた。口内に流れ込んできた常温の水を、凪はゆっくりと嚥下する。もう一口、とグリムジョーを見て言えば、彼はまた無言で同じことをした。
手で口元を拭ったグリムジョーは、何か思い出したように寝台の端に転がった小さな壺を手にとった。
「何それ」
「蜂蜜だってよ。食うか?」
「うん」
虚圏に蜂蜜があるなんて知らなかった。蜂蜜は栄養が豊富だし、喉にも良い。今は少し落ち着いたのか甘いものを摂りたい気分になっていたので、グリムジョーのその言葉に素直に頷く。
グリムジョーは、何だこのベタベタしたやつ!と蜂蜜をはじめてみたのか、怪訝そうに壺の中を覗いていた。そのまま凪に渡そうとしたが、先程と同じ問題にぶち当たると気付いたのか、寝台に腰掛け、自分の指に蜂蜜を絡めて凪の口元に持ってくる。野生が過ぎるでしょ…と凪は若干呆れつつも、彼の指を口に含んだ。甘くて優しい味が広がって、喉の奥にも流れ込んでくる。味がしなくなり舌で指を押し返すと、グリムジョーはまた壺に指を入れて同じように凪に差し出した。それを何度か繰り返した頃、グリムジョーは、喉やった時はこれが一番効くらしい、とぽつりと言った。誰に聞いてきたのだろう。さしずめこの食糧を渡してくれた“お節介”な誰かだろうか。
そっか、と凪は返事をして、もう大丈夫、とせっせと蜂蜜を凪に運んでいたグリムジョーに伝える。優しい味が口の中に満ちていて、喉の痛みも少しマシになっていることに気づいた。身体中はまだ痛いしだるいけれど、少し眠れそうだ。
起きたら食糧をくれたのが誰かを聞き出して、動けるようになったら御礼にいかなきゃいけない。そんなことを思いながら、凪は傍にあったグリムジョーの腕を握って、重くなった瞼をそっと閉じた。
END
(20220122)
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