迷子の感情


「てめぇなんでこっち来てからもその服なんだよ」

虚夜宮の広い廊下に響いていた二人分の足音にグリムジョーの声が重なった。凪は足を止めることなく隣にいる彼の方に視線を向ける。グリムジョーはポケットに手を突っ込んだままちらりと凪を一瞥し、顎で彼女の死覇装を示した。
ふたりはそれぞれの宮に戻るところだった。グリムジョーは十刃として藍染の招集に応じ、凪はギンに誘われその藍染の“お茶会”に出ていた。たまに同じ場所に呼ばれたときや偶然虚夜宮で顔を合わす度に、グリムジョーは凪にちょっかいをかけてくる。会うなり俺と戦いやがれと宣戦布告してきたり、わざと凪の気に触るようなことを言ってみたかと思えば、この間は「お前また藍染の部屋に行ってんのかよ」と何故か不機嫌そうに問い詰められたりもした(実際その時は直前に藍染の部屋に連れ込まれてたけど)。

「別に深い意味はないけど。ずっと着てたから楽ってくらいで」

真面目に答えながら凪はなんでグリムジョーと肩を並べて歩いているのだろうと思案する。お互い与えられている宮のある方向は同じだが、一緒に帰路に着く理由は何もないし、そもそも歩幅が違うのにずっと横並びを保っていることが不思議だ。自分はグリムジョーに合わせた速さで歩いているわけではないので彼が自分に合わせているということか。
凪の返事に対しグリムジョーは特段反応しない。自分から聞いてきといてなんだというのだ。
沈黙が続きまた足音だけが空間に響く。すると「その色ここじゃ目立つよな」とまたグリムジョーが口を開いた。これは会話なのだろうかと凪は訝しみながらも、まぁね・とそれに応じてみることにした。

「虚圏、真っ暗なところかと思ってたけど意外と白いものね。建物も砂漠も。でもそんな派手な髪したあんたの方が目立ってるから」
「あ?喧嘩売ってんのかてめえ」
「なんでよ。あんたが振ってきた話題でしょうが」

うっせえ黙れ、とグリムジョーは吐き捨てる。意味がわからない。なんなのこいつ、と凪は溜息を吐いて彼の望み通り口を閉じてやる。また二人の間に沈黙が流れるが、三度目のそれを破ったのもまたグリムジョーだった。

「おい、てめえ次いつあの鍛錬場行くんだよ。俺と戦え」
「…」
「聞こえてんだろうがよ、なんか言えや」

苛ついたように無視すんなとピリついた声をあげたグリムジョーに、凪は今度は彼にしっかり聞こえるように溜め息をついた。そして足を止めて振り返り様に彼を見上げる。

「黙れ、て言われたから黙ってたんだけど?さっきからなんなのあんた。中身のない話ばっかり」

暇ならその辺の大虚でも捕食してきなさいよ、と凪は言い捨てて踵を返す。凪と一緒に足を止めていたグリムジョーだったが、てめえに言われなくてもそのつもりだ!と凪の背中に声を浴びせ、また歩き出す気配がした。しかし足音がどんどん遠くなるのでちらっと振り返ってみれば肩を揺らしながらグリムジョーは今まで歩いてきた廊下を引き返していった。その背中からは不機嫌そうな気配が漂っている。
そもそも宮に戻るつもりで同じ方角に向かって歩いていたのではなかったのか。
勝手に絡んできて勝手に機嫌を損ねて勝手に去っていく。まるで駄々をこねる子どものよう。

「一体何なのかしらね、あの男は」

凪はまたひとつ大きく溜め息をついて、自分は予定通り宮に向かう。グリムジョーが何をしたいのかよくわからないけれど、とりあえず先程の“お茶会”で出された紅茶がまずかったので(藍染とは味の好みが合わない!)、自分のお気に入りの紅茶を淹れ直して口直しをしようと、少しだけ歩く速度を上げた。


END
(20220124)



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