私があなたを呪うから


「久しぶりに高専に行ってきたよ」

美々子と菜々子と原宿に行くと言っていた傑は、はい、ふたりからお土産だよ、とビニールに包まれたクレープを渡してきた。しかしその前に何でもないように言ったこと。私は思わず、え?と眉を顰めれば、傑は五条袈裟を脱ぎながら高専だよ・ともう一度言ってくれた。高専に?と彼から袈裟を受け取りながら聞き返せば、相変わらずだったよ古臭い田舎でね、とさらりと言いながら、チュッと音を立てて軽くキスをされる。前触れなく突然そんなことをされるから思わず赤面すれば、いつまで経っても初々しいあぐりは可愛いね、と頭を撫でられた。しかし会話の内容は不吉そのもの。

「ちょっとね、宣戦布告をしてきたんだ」
「宣戦布告?」

物騒な単語の意味が一瞬わからなくて、私はまた鸚鵡のように同じ言葉を繰り返してしまった。それを咎めることなくニコリと笑った傑は、百鬼夜行さ・と短く告げる。

「12月24日の日没と同時に、百鬼夜行を行う」

表情を変えないまま言い切った彼を前に、私は思わず生唾を飲み込んだ。以前傑から聞かされていた百鬼夜行の全容。傑が描く呪術師だけの世界を作る。そのために新宿と京都に千の呪いを放つというもの。しかしそれは目眩し。傑自身は乙骨憂太を殺して特級過呪怨霊折本里香を手に入れる、という計画。とうとうその時が来たのか、と唇を噛めば、彼はまたキスをしてきた。そんなに思い詰めた顔をしないでくれ、と。必要以上に優しくスキンシップを図ってくる傑は珍しい。優しいのはいつものことだが、彼自身冷静に見えて少しハイになっているように思う。それくらい、微かな違和感を彼から感じていた。

「みんなは新宿と京都に行って、傑は高専に行くんだよね。私はどこで戦えばいい?」

腰に手を回されてソファへと連れていかれる。ゆっくりそこに座らされて、髪を撫でてくる彼に問えば、傑は手を止めてじっとこちらを見つめながら言った。

「あぐりは、百鬼夜行に連れていかないよ」

え?と彼の顔を思わず見返せば、傑は穏やかな笑みを浮かべたまま「あぐりは戦わせない」と耳元で囁いた。その静かすぎる声音は話の内容とあまりにも似合わなくて。背筋に悪い予感を感じさせる悪寒が走った。
ここまで一緒にいて、いよいよ傑の呪術師だけの世界を作るという夢を叶えるための第一歩に、私は連れて行ってもらえないの?隣で戦うことも許してもらえないの?
私の言わんとしていることを表情から読み取ったのか、傑は、聞いて・と私の頬に手を添える。

「私に何かあった時のために、あぐりには家族たちの帰る場所になってほしいと思ってる。…でもこれは表向きな理由で、あぐりに強制するものじゃあない」

何それ、と思わず口から言葉が漏れる。傑にこうしてほしいと言われればなんの疑いもなくその通りにするのに。表向きな理由だけで強制はしない?意味がわからない。じゃあ私は何をすれば良いの?
けれど、それよりも。

「…表向きだとしても、私は、家族たちの帰る場所になれたとしても、家族たちにとっての傑にはなれないよ」

美々子や菜々子、他のみんなは傑だからここまでついてきた。傑だからみんなで家族になれたのだ。私はその一員でしかない。そんな私が傑の代わりになれるわけないし、何よりも。

「何かあった時なんて言うのやめて」

想像しただけで泣きそうになる。これ以上私から何も奪わないで。傑までいなくなったら私には何も残らない。家族がいると言われても、家族たちにとって私が傑の代わりになれないように、私にとっても傑の代わりになれる人は誰もいないの。ぎゅっと傑の襟を掴んで、私も連れて行ってと懇願する。一緒にいたいだけなの、と告げれば、傑は困ったような気配を醸し出しつつ、また頭を撫でてくれた。

「万が一の話だから、私はあぐりのところにちゃんと帰ってくるよ。でもね、もしもの時は、約束してほしいことがあるんだ」

俯いてしまったところを、両手で頬を掬われて目を合わせられる。切れ長の目。けれど、優しい目。ずっとその目に私は救われてきたのだ。

「最後は、あぐりが生き残るための、一番可能性の高い行動をとってくれ」

万が一。もしもの時。そう彼が繰り返す言葉に隠された意味は、百鬼夜行から傑が戻らなかった時のことを示している。そんな地獄のような未来がやってきたとしても、彼は私にひとりで生き残れと言うのか。一緒に地獄にも連れて行ってくれないのか。

「一緒に連れてってくれないの…?」

鼻の奥がツンとして泣きそうになる。否、すでに溢れていた涙を指の腹で傑が拭ってくれた。泣かすつもりはなかったんだけど、と困ったように首を傾げた彼は、そのまま私の身体を胸に抱き込んだ。とくんとくんと傑の心臓の音が私の鼓動と重なる。同じリズムで心臓が動いていて、これ以上離れるなんて考えられなかった。だけど、傑は連れて行かないと言う。私の願いを叶えてくれないと言う。

「あぐりが生きていることを高専の連中は知らないからね。…硝子は黙ってるみたいだよ。だからこそ、私はあぐりを隠し通したいんだ」

離反直後、大怪我を負った私を硝子は治してくれた。その時置いていった彼女の連絡先の書いたメモは、まだ手元に残している。脳裏にちらつく硝子の姿は学生時代から変わっていない。

「呪術師だけの、あぐりを誰も傷つけない世界を作るんだ。一番に君にその景色を見せたいから、何があってもあぐりには絶対に生き延びてほしい」

これが私から君へ送る、唯一の呪いだよ・と傑は言った。呪い、と言う単語を口の中で呟いて、私は顔を上げる。絶対に生き延びてほしいと言うのが呪いというのなら。

「なら私もあなたを呪う。生きて絶対帰ってきて。これも呪いだよね?」

真剣にそう言えば、とても強力な呪いだね、と傑は笑った。愛ほど強力な呪いはないと私は思っている。だからこそ私は今日まで傑と一緒にいたし、これからも離れるつもりはない。だから、呪い合おう。ふたりで新しい世界を見るために。

「呪い、守ってくれないと嫌いになるから」
「それは困るな」

本当に困ったように眉を顰めた彼は、次の瞬間また表情を緩めてキスをしてきた。今日三度目のそれは、私の涙で少しだけしょっぱい味がした。



私があなたを呪うから
だから、生きて帰ってきて
お願い
もう一度だけ
私にあなたを呪わせて



END
(20230804)



back