現状維持で十分です
「ねえ、なんで楓さんってまだ二級なの?」
唐突に問われた質問に、私は思わず、え?と顔をあげて目の前の彼女を見つめてしまった。その間、問いかけの主、野薔薇ちゃんにかけていた反転術式の手は止めない。あ、それ俺も気になってた!とすぐ傍にいた虎杖くんも呼応するかのように声をあげ、伏黒知ってる?と伏黒くんに聞いている。本人がいる前で俺に聞くなよ…と少し呆れたように言う伏黒くんに、私もあははと苦笑いするしかなかった。
今日はたまたま任務終わり、硝子先輩に渡しそびれていたお土産を渡しに高専の医務室に立ち寄ったのだが、硝子先輩は京都へ出張らしく医務室には誰もいなかった。次に高専に来るのは少し先なので、机に置いて帰るかとポストイットを拝借して硝子先輩宛てにメモを書いていた時、ガヤガヤとやってきたのが一年生の三人だった。曰く、三人一緒の任務でそれぞれ軽微な怪我をしたので硝子先輩の治療を受けにきた、と。留守であることを告げると帰ろうとするのでそれを引き留め、硝子先輩の代わりに私が反転術式で順番に治癒することになったのだ。
術式持ってるのに他人への反転術式も使えるのってすげーね!と虎杖くんは素直に感想を述べてくれる。里桜高校で君の怪我を治したのは私なんだけど…とこれにも思わず苦笑い。そんな雑談を交えながら反転術式を使用していると、最初に治癒を受けていた野薔薇ちゃんが階級について問いかけてきたのだった。
なぜ二級なのか。
それは私の術式が戦闘向きではないことが大きいと思う。後方サポートがメインの術式で、さらに他者への反転術式が行えるとなると、必然的に前線にはなかなか出してもらえない。それでも戦う術はあるので任務にアサインしてもらっているが。それに特級や一級が彼らの周りに多くいるせいで麻痺しているのかもしれないが、呪術師は基本的に二級が頭打ちだ。一級ともなると相応の実力を持っていないとなれやしない。現に一級になるためには一級以上の術師二名からの推薦が必要となる。それだけ一級以上を冠することは特別なのだ。
「私の実力が二級相応って言うのが一番だと思うけど」
「いやいや、楓さんの術式汎用性高いし、呪具使うだけじゃなくて反転術式アウトプットして呪霊祓ってるじゃない。あんなのなかなかできるもんじゃないでしょう」
楓さんと一緒の任務の時本当楽なのよ、やることなくて・と野薔薇ちゃん。彼女とは何度か任務で組んだことがあるのでこちらの手の内は全て晒しているし、自分より階級が下の、ましては子どもを前に立たせるわけにはいかないという正義感からいつもより力を入れて任務に当たっていただけなのだが。
「本当は私、前線に出るべきじゃないって散々言われてるんだよね。それをわがまま言って任務にアサインしてもらってるから、昇級に関しては大きな声で言えないっていうのも正直なところかな」
はい、終わり。と野薔薇ちゃんへかけていた術式を解いて、次は虎杖くんね、と彼を呼ぶ。腕の切り傷が痛そうだ。そこに反転術式を施しながら、会話をしつつ思いに耽る。
実は前々からから夜蛾先生からは硝子先輩のように医務室に常駐しろと言われているのだが、同じく反転術式をアウトプットできて、かつ術式を持っている乙骨くんだって前線に出ているのだ。術式を持っていて戦う術があるなら戦わない選択肢はない(もちろん乙骨くんと比べるとその実力は雲田の差であるのは承知しているので比べるのも烏滸がましいのだけど)。とはいえこれは一個人の主張であり、周りからの反対を跳ね除けて戦いに出ている身なのだから、前線に出してもらえるなら昇級にこだわりがないといった方が正しいのかもしれない。階級はなんでもいいから、少しでも祓除に貢献できればいいんだよね、と一年生たちに告げれば、ふーん、と納得したようなしていないような、そんな表情をされた。
「後、単純に推薦してくれる人がいない」
ははっと場を和ますのを目的にそう言ってみれば、えー?と虎杖くんが一番に声を上げた。それはとても新鮮な反応で、首を傾げながら、でもさーと言葉を続けてくる。
「楓さん、ナナミンに推薦して貰えばいいんじゃないの?」
突然出た夫の名前に、思わず反転術式を止めかけてしまった。確かに!と野薔薇ちゃんもそれに反応する。一級の旦那がいるじゃない、と野薔薇ちゃんに言われてしまったが、違うのだ。私を昇級させないようにしているその筆頭が、その七海なのだ。思わず吐きかけたため息を呑み込んで、絶対無理・と首を横に振った。
「七海は私が前線出るの反対派の筆頭だからね」
絶対推薦してくれないよ、と言えば、まじか・と野薔薇ちゃん。過保護なのね七海さん、と続ければ、黙って会話を聞いていた伏黒くんが、七海さんが色々圧力かけてるんじゃないすか、と言ってきた。うん、それはね、否めないね。へへ、と曖昧に笑って返せば、あぁ…と三人は何かを察したのか天を仰いだ。
『あなたを一級に推薦する輩が現れたら、私が全力で揉み消しにいきますのでそのつもりで』
いつか今より難易度の高い任務にアサインされたい、それでもやれる自信があると言った私に、七海が言った言葉が頭を過ぎる。一級の七海と肩を並べて戦いたいだけだったのだが、彼からすると私が死に急ぎかねないという理由でお願いだから前線に出ないでほしい、どうしても出ると言うならリスクが低い二級案件までだ、とのこと。割と本気で言われたのでそれ以上昇級の話は彼の前ではしていないが。多分、五条先輩に推薦をもらったとしても七海は全力で消しに行くだろう。
「階級とか関係なく戦えれば私はいいからね。後、一回お酒の場で冥さんにいくら積めば推薦してくれるか聞いたら、もう七海が買収してた」
「うわ」
ドン引き、と言うような顔をした三人を前に、私はただ笑うしかなかった。
「まあそう言うわけであなたたちと任務組む機会は多いと思うから、これからもよろしくね」
そう言えば、三人はははっと笑いながら頷いてくれた。
後から聞いた話、虎杖くんは七海に「俺が一級になったら楓さん推薦してもいい?」と聞いたらしく、秒速で「引っ叩きますよ」と返されたらしい。七海の目が黒いうちは二級のまま。でも別にそれでいいのだ。自分のできることを一生懸命できるなら、それでいい。かつての同期が言っていたように、私は私のフィールドで戦うだけなのだから。
END
(20230819)
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