同じ土を踏みたい


生い茂る木々の間から見える空は曇天だった。こんなときくらい晴天であってほしかったけど、そもそも帳がおりているから任務の時は夜が基本。その帳がとけて現実の空が見えるということは、無事呪いを祓除できたということだろう。遠くで呪霊が爆散する気配がして目を覚ましたら、どんよりした空が視界に入ってくると同時に全身に痛みが走った。視野は狭窄している。もしかして曇天だと思っているけれど、視界が濁ってそう見えているだけかもしれない。

「…った。骨やっちゃったか…」

単なる打ち身ではないことは、身体の痛みと額に滲む脂汗から本能的に察した。差し詰め腰の骨をやってしまっている。飛ばされ落下するときに受け身を取れなかった。というより受け身を取る余裕もない勢いで吹き飛ばされた。
フィジカルもっと強化しなきゃな…。
そう頭の中で呟いて、かろうじて動く指先で土を掻く。どこまで身体が動くのか確認していくが、大きな骨を折っているせいだろう、ほとんど身体はいうことを聞いてくれなかった。
ゲホッと肺から込み上げる嫌な咳が出て、喉の奥から鉄の味がむせ返る。自分の血で窒息しそうになりながら、なんとか顔を横に向けて血を吐いた。あーこれ肋骨が肺傷つけてるかも。
冷静に自分の負った傷の分析を進めつつ、掻き続ける土を一握り手のひらに納めることができた。呪力も底を尽きかけてる。今呪力がゼロになると、負った傷もさらに傷んでまたすぐ意識を失うかもしれない。
勝負は一度きり。
渾身の力で手のひらを握り、土をぎゅっと固めて呪力を込めた。

「構築術式…花火」

小さく口の中で唱えて、じゅっと手のひらの中で熱さが灯る。少しの動き、刺激でも全身に痛みが走って顔が歪んだ。でもこれが最後。そう言い聞かせて思いっきり指を弾いて手のひらの黒く丸まった土だったものを宙へ弾き飛ばす。
それは重力に逆らって空へと昇って、木々の上で爆散した。曇天に映える、赤い色の火。それを見届けた瞬間、彼女は意識を失った。




夢を見ていた。
人の温もりを感じながら夜を過ごすことなんて過去になくて、鍛え上げられたその胸に顔を埋めて眠る安心感を知ったのは高専にきてから。大きな手で頭を撫でられて、額にキスを落とされる。優しい声で「おやすみ」と囁いてくれて。
本当に優しい人。
その隣に並んで戦いたいけど、彼の隣にいるのはもう一人の最強。私は後ろからついていくだけ。それでもついていくことを許されるのなら。ずっとついていく。私に安心感を与えてくれたあなたに。ずっと。



ぼやけた視界が徐々に明るさに慣れてきて、脳が認識した景色は最後に見た赤い火でも曇天でもなかった。白い天井。鼻腔にくすぐるのは消毒液のツンとした独特なにおい。

「あぐり」

名前を呼ばれてそちらに顔を向ければ、安心したように息を吐いた傑がいた。汚れた制服からは土の匂いがして、あああの任務が終わってから着替えてないのかななんてどうでもいいことが脳裏にかすめる。

「傑?」
「任務は無事終わったよ。君があげてくれた花火のおかげですぐ駆けつけることができた。頑張ったね」

額に大きな手のひらを置かれて、思わず目を閉じる。よかった、居場所を伝えるために渾身の力で放った合図はちゃんと機能してくれたらしい。

「大きな怪我は硝子が治してくれた。けどまだ絶対安静。明日病院に行こうね」

足のつま先をベッドの中で動かしてみると、確かに身体は軋むけれど大きな痛みは走らなかった。結構大きな骨を折って内臓も傷ついていたはずだから、呪力の消費が大きい反転術式では全部治し切れなかったのだろう。硝子にお礼を言わないと(無茶ばっかりするな、て怒られちゃいそうだけど)

「傑は怪我はないの?」

傑の方に視線を向けて尋ねてみれば、彼はん?と首を傾げながら無傷だよとその問いに答えてくれた。
無傷で祓除を終え、大怪我をした同期を高専に運んだ傑と、一級案件の呪いにむざむざと吹き飛ばされ大怪我を負った私。
その差は埋まらないし、傑に心配をかけてばかりで足手まとい。
それでも隣に並びたいという気持ちは変わらなくて、少し泣きそうになりながらも彼に手を伸ばす。

「次は怪我しないから。怪我した傑を運んであげるね」

いつか彼が私を本当に必要にしてくれる時までに、私は力をつける。その隣に並んで、背を預けあえる存在になる。ただの恋人なんて、守られるだけの対象にはなりたくない。

傑は面食らったような表情を浮かべたあと、困ったように笑って、期待してるよと言った。
私は手足が千切れようとも、首だけになろうとも、あなたについていく。私があなたに救われたように、私もあなたを救える存在になりたい。
今はまだ叶わないけれど、怪我が完治したら早速修行を再開しよう。そう心に誓って再び目を閉じた。


END
(20230619)



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