きみを好きでもよかった瞬き
親友の命を奪ってすぐに駆けつけてきたあぐりを見た時、ああ生きてたんだな、と思った。傑が守ってきたんだなと思うと同時に、何年ぶりかに会った彼女は、記憶より大人びていて、こんな状況じゃなければ、あれ綺麗になった?なんて軽口叩きたくなるくらいだったのに、泣きながら自分に罵声を浴びせてくる彼女に僕はただ淡々と思ったことを口にすることしかできなかった。
六眼で見えるのは、彼女の腹の中にある呪力。あぐりのものではないそれはまだまだ小さくて未熟なそれ。なんでも見えすぎてしまうこの目で見えるものに偽りはない。ああそうか、そういうことかと悟るには時間はかからなかった。
「どうする?僕の子ってことにして高専に戻ってくる?」
膝をついて彼女と目を合わせてそう言えば、彼女は瞠目してこちらを見つめてくる。ぼろぼろとその瞳からは涙が溢れているけれど、先ほどまでの憎しみ一色から少しだけ希望の色が見えたのは気のせいではないと思う。
傑の子だということは疑いようがない。それは当然のこと。だからこそこの提案をしたのかと思うけど、その時初めて気付いたんだ。俺は、傑のこともあぐりのことも好きで。傑が大切にしていた存在を今更蔑ろになんてできるはずないんだと。
「硝子連れてくるから、ちょっと考えといてよ」
立ち上がってあぐりに背を向けて硝子の元に向かう。頭を掻いてひとつ溜息。傑を殺したという事実と、あぐりが生きていたという事実。そしてふたりの子が存在しているということも。色々と混乱させられる。
あぐりとは学生時代喧嘩することの方が多かった気がする。主には傑の取り合い。傑と遊びたい俺と、傑と一緒にいたいあぐりとの攻防戦。その度に傑は困った顔をしていたっけ。
あんな日も懐かしく感じるくらいには感慨に耽ってしまうのはこの状況だからか。
親友を手にかけた。仕方なかったとはいえ、僕らの道は違えてしまったのだからこれが運命というやつだろう。あの時一緒に行かなかった俺が悪い。あぐりのことも気になっていなかったといえば嘘になる。死んだ疑惑がすごかったし。でも、どこかで彼女は傑と生きていると思っていたから、今日彼女と会っても大して驚きはなかった。硝子は知っていたのかな?
「あぐりが来てる」
救護室にいた硝子を呼び出して端的にそう告げれば、そうか、と彼女は手袋を外しながら頷いた。で?と続きを促されたので、傑の子を妊娠してると告げれば、さすがに硝子も驚いたのかクマのできた瞳を大きく開いて、またそうかと呟いた。
「僕の子ってことにして高専戻ってくるか聞いたんだけど、まだ返事はもらえてないんだよね」
「また唐突なこと言い出したな。夏油殺したんだろ?その直後にそんなこと言われて応えられるほどあぐりは強くない」
「だよねー」
はぁ、と溜息を吐いた硝子は、あぐりのところに行くよとマスクをとった。
「硝子はあぐりが生きてたこと知ってた?」
「知ってたよ。新宿で夏油と会って五条を呼んだ時あったろ?あの時夏油に頼まれてあぐり治しに行ってた」
「言えよまじで…」
「言ったら五条、あぐり保護しに行くだろ。私はあぐりの選択に任せた」
お前の気持ちくらい気づいてるんだよ、と肩を小突かれて、はぁ?と声が出る。
五条、あぐりのことも好きだったろ。と硝子が呆れた顔をして言ってきた。
「まぁ正確にいえば、夏油と一緒にいるあぐりのことを好きだった、かな」
そうだったかもしれない。傑と一緒にいるあぐりを見るのが好きだった。だからちょっかいを出したくてわざと突っかかったりして喧嘩したりしてた。そうだったのかな、と呟けば、お前らはわかりやすいよ、と硝子は言う。その場を離れていく硝子の背を見送りながら、僕もどうしたらいいのかな、と小さく独りごちてみた。
傑の子の父親代わりになって、あぐりと暮らせたらどんなに良いだろう。けれどあぐりにとって僕は仇でしかない。そんなことを彼女は受け入れるのか。硝子に説得してもらう?説得に応じるようなあぐりではないだろうけど。
「どうするのがいいかな、傑」
夕焼け色から漆黒に変わった空を眺めれば、ぽつりと雨が降ってきた。突然、答えはどこからもない。なんにせよ、しばらくは死ねないな、死ぬつもりもないけど、とポケットに手を突っ込んで硝子の後を追うことにした。
END
(20240622)
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