詮索には慣れていない


「ナナミンって結婚してるの?」

英字新聞に落としていた視線を声の方に向ければ、曇りなき眼でこちらを見ている虎杖悠仁と目があった。その問いかけは純粋な好奇心からか、それとも指輪を見て疑問に思ったからか。左手の薬指の指輪は既婚者の印。任務中もつけっぱなしなので当初から気にしていたのかもしれないが、任務がひと段落してから尋ねてくるあたり彼も空気を読んだのだろう。特に結婚していることを隠しているわけではないので「ええ、結婚してますよ」と答えてまた新聞に視線を戻した。

「まじか!大人ー!!俺、まだ呪術界の知り合い少ないけど、結婚してる人ってあんまりいないと思ってた」
「少数派だとは思いますけどね。こんなマイノリティな業界ですし」

呪術界という一般とは隔絶された業界で、一般的な結婚生活を送るのは難しいだろう。まず呪術界のことを双方理解していることが前提となる。別に相手が非術師…呪術界に関係のない一般人であろうと恋愛、結婚はできるだろうが、いつ何時どうなるかわからない命懸けの任務にあたるのが呪術師だ。突然死んでもおかしくない、命の保障はない職業。まず呪いが見えない相手なら呪いを祓うと言っても理解が追いつかないだろうし、色々と常識が通用しない理不尽ともいえる特殊なこの世界に理解を示してもらえるとは思えない。常に人手不足で激務なのだから、まともに恋愛して結婚して家族をもって…となると一般社会より断然ハードルが高くなるのもわからなくはない。そんなことを私見ですがと前置きした上で虎杖にぽつぽつと言って聞かせる。彼はこの世界に入ってきたばかりだ。ついこの間まで普通の高校生だった。こちらはいつの間にか染まってしまって常識だと思っていることも一般社会と比べるとそうではないことも多いだろう。

「そもそも七海は会社員時代に結婚してるから、平均的に考えても早い方だよ」

無駄に長い足を机に乗せて虎杖とのやり取りを観察していたらしい五条が突然口を挟んでくる。そうなんだ!と虎杖が彼の言葉に反応して、目を輝かせた。また余計なことを…。

「じゃあナナミンの奥さんって一般の人?」
「違うよ、彼女も同業者」

五条が代わりに答えて、思わず舌打ちしかける。放っておいたら何を話し出すかわからない。ちょっと…と牽制しようとすれば、まじか!と虎杖が声を上げる。この年頃の子どもは他人の色恋に興味津々だろう。別に隠しているわけではないが、職場に色恋は持ち込まないようにしているのであまり根掘り葉掘り聞かれても困る。それに狭い業界だ、馴れ初めやら何やらを何も考えずに語れば高専の生徒にも一瞬で広がりそうだ。
とはいえ…と七海は斜め向かいに座る五条に視線を送る。サングラスをしているのでこちらの視線は気取られないはずだが、相手は五条悟だ。絶対に気づいている上でぺらぺらと余計なことを面白がって話すだろう。絵に描いたような軽薄な男だ。この件に関してはもう諦めた方がいいかもしれない。

「同業者ってナナミンの奥さんも呪術師ってことでしょ?俺会ったことあるかなぁ」
「悠仁はまだじゃないかな。彼女も忙しくて全国飛び回ってるしねえ」

七海は最近楓に会えてる?と急に話を振られる。名前を出すな下の名前で呼び捨てにするなと思わなくもないが、この人にとっても楓は自分と同じく後輩で学生時代からその呼び方なので咎めるタイミングも立場もなかった。今更何言ってるの?と指を差されて笑われるのがオチだ。サングラスを指で押し上げながらもう五条をかわすことが面倒だと諦めて口を開いた。

「会えてるも何も、先日里桜高校に来てもらいましたよ。虎杖くんは気絶していたので覚えてないと思いますが」

真人と呼ばれるツギハギの呪霊との戦闘後、大怪我を負って倒れた虎杖を高専に運ぶ前、応急処置をしてもらうために楓を呼んだのだ。報告書にも記載したのに五条は読んでないのかと若干イラッとしたが、虎杖は、そうなん?!と声をあげる。

「妻は反転術式を使えるので。高専に運ぶ前に現場に来てもらって応急処置をしてもらいました」
「え?楓その日東北行ってなかった?」
「連絡したら丁度任務完遂後だったのですぐ来てくれましたよ。術式でね」

楓の術式は瞬間移動。彼女が把握している呪力などを目印にしてどこにいても一瞬で移動することができる。先日は自分の呪力を目印にして飛んできてくれた。勿論移動距離に応じて呪力の消費量も比例するのでなかなか長距離移動の乱用はできないが。さらに移動直後通常の倍の呪力を消費する反転術式で虎杖の治療もしてもらった。本人は平気だと笑っていたが、事務処理等を終えて自宅に帰宅してみれば先に帰宅したはずの楓が出張帰りだというのにシャワーも浴びず任務着のままソファで力尽きて寝ていたので、かなり無理をさせてしまったなと反省した。

「まじか、俺気絶してたから覚えてないけど、今度ナナミンの奥さんに会ったら御礼言わないとな!」

ナナミンからも伝えておいて!と顔の前で手を合わせて拝まれる。別に私は何もしてないので、と断るが、その様子をニヤニヤと見ている五条の視線に気づいて、なにか?と尋ねてやる。どうせ碌でもないことを考えているのだろうが。

「いやぁ?卒業と同時に七海がプロポーズして籍入れたって聞いた時はふたりともイカれてると思ったけど、しっかり夫婦してるみたいで僕は嬉しいよ」

しれっと虎杖がまた食いつきそうな情報をわざわざ口にした五条は笑いながら手を叩く。拍手のつもりか。ぴきっとこめかみに血管が浮き出る感触がする。案の定、それまじ?!?!と虎杖が声を上げた。しかも交際0日婚・と最もネタにされるであろう情報まで開示される。ああもう。これは今年の一年にもこの話が広まるのは時間の問題だろう。せめて楓がいじられなければいいのだが。
そんなことを思いながら、いい加減黙ってくださいプライバシー侵害で訴えますよと五条に言い放って英字新聞のページを乱暴に捲った。


END
(20230701)



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