弱さは罪
帳の外で状況を伝達し合っていた補助監督たちと連絡が取れなくなった。それを伊地知くんから聞いて、知る限りの補助監督のもとに飛べばみんな殺されているか重傷を負って倒れていた。片っ端から反転術式を施して硝子先輩のところに運ぶ。それを何度繰り返しただろう。こんな短時間で術式での移動と反転術式を駆使したことなんてない。なんでこんなことになってるの?自問自答しても答えは出ない。想定外の事態に想像以上に呪力を消費して、肩で息をするようになってしまった。こんな姿を七海に見られたら、すぐに術式で飛び回るのをやめて硝子先輩のところで負傷者の救護だけにあたれと言われるだろう。心配だからそう言うに決まってるのに、別行動してて良かったなんて思うのは罰当たりだろうか。

遡ること少し前。帳の外で待機して一時間あまり経って、渋谷の状況が一変し全班帳の内に突入した。私は七海たちとは別行動。予定通り突入した各班のもとに飛び状況の確認を行なって、それを帳の外にいる伊地知くんに共有する役目を担っていた。帳の内の情報を帳の外に集めて情報を一元管理する。作戦立案も勿論だが、とにかく現状把握がしにくい。情報共有をするには帳内外をいちいち行ったり来たりしなければならず、刻一刻と状況が変わっているのにタイムリーにそれを行えなければ情報が錯綜するリスクだってあった。そこで重宝されるのが私の術式、瞬間移動。移動にタイムロスが発生しないから最新の情報の共有、管理をするのに今一番有効かつ確実な手段だった。

冒頭に戻る。一通り帳内の状況を掴んで伊地知くんのところに戻り情報を共有した際、補助監督たちと連絡が取れなくなっていること、今は野薔薇ちゃんたちと一緒に行動をしているはずの新田ちゃんを常に帳の外に置いて連絡網を回す役を割り当てるという話を聞いたので、様子を見るため知り得る限りの補助監督たちのところに飛んで回り、まだ息のある補助監督たちに反転術式を施して救護ブースの硝子先輩の元に運ぶ、を繰り返していた。亡くなってしまった補助監督たちは、申し訳ないけど今は運べない。苦しくなる胸をなんとかおさえて手を合わせてその場を去った。何人も、知っている顔の亡骸を前に。

そして次は伊地知くんの言っていた新田ちゃんの元に向かう。今後は彼女と帳の外で一緒にいた方が最新の情報が最速で手に入り、必要に応じて帳の内の術師や補助監督たちにも情報伝達ができるからだ。息を整える暇もなく新田ちゃんのところに飛んだ(彼女との合流を後に回したのは、術師と一緒なら新田ちゃんの危険は他の補助監督たちより軽いと踏んだのと、まだ帳の外に伊地知くんがいてくれたからだ)。彼女はまだ野薔薇ちゃんと帳内にいて、その時聞いたのが、伊地知くんが通話途中に襲われたかもしれないということ。

「私さっきまで伊地知くんと一緒にいたのに…」

ほんの数分前だ。硝子先輩のところに運んだ補助監督たちの名前を告げて、これから新田ちゃんのところに行くと伝えた。お気をつけて・と見送ってくれた彼は特段何も変わりなかった。私が飛んだ直後に襲われたのか。

「真希さんに言われて、私たち伊地知さんのところに行こうとしてたのよ」
「それなら私が伊地知くんのところに飛んだ方が早い。野薔薇ちゃんたちも予定通り帳の外…伊地知くんのところに向かってくれる?」

三人一緒に飛べればいいが、移動する人数が増えればそれだけ呪力を消費する。想定外のことが起こり続けている今、呪力は少しでも温存しておいて損はない。申し訳ないけど…と断りを入れれば、私らのことは気にしないで早く行って!と野薔薇ちゃんにけしかけられた。威勢の良さは健在だ。それに少し安心する。七海たちは大丈夫かな、なんて思ったりするけど、ほとんど二級や準一級が頭打ちの呪術師の中で一級術師を冠する人間はそれだけ特別。二級の私が心配することなんてひとつもない。今は伊地知くんを。ふたりに指示を出し、頭の中の引き出しから伊地知くんの呪力を探り、それを目指して飛んだ。

「伊地知くん!」

着地したのは待機時に七海たちと一緒にいた歩道橋の上。何度もここを拠点に移動した。その真ん中に立って連絡網を敷いていた伊地知くんが視界に入らない。確かに呪力はここを指してた、と首を巡らせると、足元からぴちゃりと音がする。え?と意識がその一点に集中すれば、大量の血を流して突っ伏している伊地知くんの姿があった。
声をかけるのも忘れて彼に駆け寄り、傷を確認する。かろうじて息はある。脈は弱い。額に浮かんだ脂汗と、背後から鋭利な刃物で突かれた傷が何箇所もあった。こんなの、生きているのが奇跡だ。

「待って、すぐ治すから!」

手のひらに呪力を集中させて反転術式を施す。私は呪力量が少ない。通常の倍の呪力量を消費する反転術式で一度に完治させてあげられるほど性能は良くない。最低限、止血をして致命傷になっている内臓の傷を修復してから硝子先輩のところに飛べば。じわっと自分の額にも汗が噴き出る。ああもう!!と簡単に尽きかける自分の呪力の少なさに腹が立って乱暴に汗を拭った瞬間だった。

「えいっ」

無邪気にも思える声が背後からすると同時に、脇腹に生えた刀身。は?と振り向けば、ポニーテール姿の男がにこやかな顔で立っていた。私を手の中の刀で刺しながら。

「スーツの人間じゃないけどいいよね!女の子見えたから戻ってきちゃった」

突然現れたけど、それ術式?と首を傾げて聞いてくる男に思わず歯噛みする。油断した。というより、反転術式に集中しすぎていたこと、呪霊の気配だけにビットを立てていたのが失敗だった。伊地知くんの傷を見たら呪詛師にやられた可能性だって視野に入れなければならなかった。こう言うところが私の弱くて悪いところ。ああもう、と思うと同時に刀身が抜かれてさらにもうひと突きされそうになるのを、伊地知くんを抱えて寸でのところで避けた。

「なんだよ、俺にやられる前からフラッフラじゃーん!」

ケラケラと笑いながら刀を回し続けて近づいてくる呪詛師。しかし突然コントロールを誤ったのか、あ、すっぱぬけた、とその刀は歩道橋の下に落下していった。カンカン…と金属がアスファルトにぶつかって跳ねる音がする。あーあ!と笑う呪詛師。なにこのふざけた奴!毒吐きたいが声が出てこない。あ、これ避ける直前に顎を殴られてる。脳が揺らされて身体に力が入らない。前のめりに倒れそうになるのをなんとか堪えて、伊地知くんを支え直す。火事場の馬鹿力とはこのことかもしれない。けれどここで倒れてしまえば、間違いなく共倒れになる。ああ、しかもこれ、刺されたところ内臓やってるわ。目がまわる中、そっとそこだけ反転術式を発動して血を止めると、あれ自分で治せるんだ!と男に目を丸くされた。いちいちうるさい。
さて、困った。私の術式は攻撃に向いていない。というより攻撃するには物理的に呪力を込めて殴るか蹴るか、または反転術式をアウトプットして祓うかしかないのだ。呪霊には有効だが、相手が人間…呪詛師の場合これが効かない。殴るくらいならいけるかもだけど確実に殺すには女の私は非力。相性が最悪だ。
万事休す。ふぅ、と息を吐き出して伊地知くんの腕を肩にかけてその身体を支える。正直私自身の傷だって血を止めただけでかなりのダメージを負ってしまっている(いらん傷をもらってしまったし)。伊地知くんの傷はまだまだ癒えていない。今治療をやめれば息が止まってしまう。背後に手を伸ばしてそっと相手にバレないよう彼の傷を癒やし続けた。

この状態で人ひとり抱えて飛ぶのは、結構きついかも。目も回ってる。身体に力が入らない。じわりと浮かんだ汗はさらりとしたものではない、じっとりとした脂汗と化していた。

「お姉さんさー、そんな死に損ない守らなくていいじゃん!何、もしかして彼氏?お姉さん指輪してるし旦那さん?」
「…うるっさいな…。可愛い後輩だよ!望み通り後で私の旦那がお前のこと絶対殺しに行くからな!」

そう言い切るかどうか。ぐさりと、またいやな音がした。腹部に目を落とせば、さっきまでなかったはずの刀身が刺さっている。あいつ、剣落として持ってなかったよね?なんで?
頭がさらに混乱するがもう意識が持たなかった。伊地知くんごとその場に前のめりで倒れる。

「じゃあお姉さんの旦那探しに行くことにするね!」

じゃあねー!と軽く手を振りながら去っていく男を追おうとしたが、もう身体は動かなかった。
しくった。本当にしくった。私はなんでこんなに弱いんだろう。無念と悔しさと悲しさと痛みと…いろんな感情がぐちゃぐちゃになりながら、それが目から涙となって溢れる。こんな姿、七海に見られたくないなぁ。そう思った瞬間、私は意識を手放した。


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