あれらはたくさんの愛でした

ノエルは古傷を隠すために長袖しか着ない。それを知っていて、彼女の衣服で隠れる部分だけを狙って殴る自分がいる。だから彼女が袖を上げれば花が咲いたような痕がたくさん残っていて。それを綺麗だと、白い肌に映える痣が綺麗だと思ってしまう自分は、やっぱり歪んでいるのだろうか?


・・・


人を殴る時に鳴る鈍い音が狭い室内に響き続けていた。鈍い音と連動するようにあがる小さな悲鳴が癇に障って、彼女の胸倉を掴んで顔を引き寄せる。ノエルが自分に怯えたような目しか向けなくなったのはいつからだろう。その表情にさえ苛立ちを覚えてしまう。

「五月蝿いよ」

少し黙って・と手を移動させて彼女の首を絞めあげれば、彼女は苦しそうに顔を歪めながら懸命に腕を伸ばしてそれを解こうとする。何か言おうとしているが、それも今は不可能。アレルヤの手の甲を掻き毟るようにするノエルに、「痛いんだけど」と言えば、その手の動きはすぐに止まった。酸素が吸えない状態なのに、「ごめ、なさ…!」と息も絶え絶えに謝ってくる。涙を浮かべ、酸素を求め踠き苦しむ彼女の顔は、何よりも美しい。こういう彼女の顔を見れるのも自分しかいない。そう思えば何をしている時よりも気分が昂まるのだ(なんでだろう)。

「ねえノエル。今日君、僕が任務のとき何してたの?」

首を絞められた状態で答えられるはずがないのを分かっていて問いかける。彼女の唾液が手を伝うけど、そんなのどうでもいい。

「今日は誰と一緒にいたの?ロックオン?刹那?」

楽しかった?僕以外の人といるときは。
そうあえて優しい声音で聞いてやれば、ノエルはただ首を横に振る。口をパクパクさせて、何か言おうとしているので手の力を緩めてやった。ケホケホと咽るような咳を繰り返していたノエルを待ってやれば、喉を押さえながらノエルが擦れた声で言う。

「今日は、ちゃんと部屋に…」
「嘘吐き」

その銀の髪を掴んで横殴りにすれば、ノエルの身体はベッドから床へとあっけなく崩れ落ちた。その衝撃に呻く彼女を一瞥し、自分も床へと降りて彼女と視線を合わすようにしゃがみ込む。先ほどの衝撃で口の中が切れたのだろう。つぅ、と赤い血の筋が彼女の顎に伝っていた。

「聞いたよ、情報処理の仕事手伝ったんだって?誰と一緒に、だったっけ?」

サァッと彼女の表情の色が目に見えて青に変わる。元々青白かったけれど、今は真っ青だ。言われてはじめて思い出したとでも言うような表情。本当に、腹立たしい。

「刹那と、だっけ?今日はずっと部屋にいたって言ったのに、おかしいよね」

ひとりで部屋にいたのにどうやって刹那を手伝えるのかな?と彼女の顎を掴み上げて言えば、ノエルは怯えたように首を横に振り続ける。その振動が指先から伝わり、煩わしく感じてその手を振り払うように離す。

ノエルは嘘吐きだね。

そう耳元で囁いてやれば、ビクッと彼女の身体が一層跳ねた。

嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き。

ゆっくり、その身体に刻み込むようにその単語を紡げば、ノエルはやめて!と泣き叫んだ。精神的にももうギリギリなところまで追い詰めているからその反応は当たり前と言えば当たり前。それでも、やめてやらない。

「嘘吐きなノエルのこと、ロックオンが知ったらなんて言うかな」

知っている。彼女が一番怖いことはロックオンに見捨てられること。幼い頃からロックオンはノエルの全てだ。その彼に見捨てられたとき、ノエルの世界は終わる。それを分かっているからなのか、どうしようもないくらい嫉妬に狂う自分がいる。何故彼なのか。どうして自分じゃないのか。ノエルの中を占めるロックオンの存在の大きさがいつしかどろどろとしたこの感情を生み出した。それを利用して、彼女を責める。
案の定、彼女は今までで一番絶望にも似た表情を浮かべてアレルヤを見上げた。今度は唇を震わしながら、やめて、と小さく呟いた彼女に、なんで?と聞き返す。ノエルは縋るようにアレルヤに手を伸ばす。その手を取ってやることはしない。

「あの人に嫌われたら、私は…!」
「でもノエルは嘘吐きじゃないか。本当のことを言って何か悪いことでも?」
「いやだ、やめて!お願い、アレルヤ…!」

嘆願の声に嗚咽が混じり、ノエルはそのまま蹲った。お願いします…と小さな声が聞こえる。ああ、やっぱり君はあの人のためならそこまでするんだね。あの人が君にとっての一番だっていうことを、嫌でも思い知らされる。
でも、彼はノエルのこんな姿を知らない。僕の方がノエルのことを知っているということ。 それは、ひどく優越感を生み出す。

「分かったよ。ロックオンには言わない」

そう言ってやれば、ノエルは反射的に顔を上げて、本当?と呟いた。うん、僕は嘘吐きじゃないから、本当だよ。その言葉に、ノエルは本当に安堵したかのように力なく笑う。床にぶつけたときに出来たのだろう、額に大きな痣が浮かんでいた。これをあの人が見つけたら何と言うだろうか。でも、きっとノエルはうまくごまかす。そして、彼はそのノエルの言葉を半信半疑ながら信じるという選択肢しか持たない。

ありがとう、アレルヤ。

彼女のその声が、空しく部屋に響いた。


END
(20080803)


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