さよならの下に涙が溜まる

最後に聞いたのは、あの人の謝る声。
そんな言葉、聞きたくないよ。
そんな言葉いらないから、お願いだから、一緒にいて。





真夜中といえる時間にベッドから抜け出す。眠ったふりをしていただけで実際は起きていたので、こんな時間だろうと関係ない。ただひ、隣で眠る彼女を起こさないよう慎重に。
四年間ずっと彼女は生きているのか死んでいるのかさえ分からない自分を待っていてくれていた。もう絶対離れたりしないと、帰って来たあの日に誓ったのだ。けれど、自分は今日その約束を破る。

「ごめん、ごめんね。ノエル」

以前よりもずっと大人びた彼女の頬を撫でる。気丈に振舞っていたけれど、本当は不安で不安で仕方なかったのだろう。四年前よりも少し痩せた。滅多に泣かない彼女が、「もう何処にも行かないで」と泣いたのは自分がここに帰って来た日の夜。もうどこにも行かない・と約束して、帰ったら絶対にノエルに渡そうと思っていた指輪を贈った。思えばあれは、ノエルのためなんかじゃなくて自分のため。心のどこかでは彼女とは別の、…マリーを助けなければという思いがくすぶっていたのに、ノエルを前にしたら絶対に彼女をひとりにさせてはいけないと思ってしまった。だから、自分と彼女を繋ぎとめるために指輪を利用したのだ。ただ、それだけ。それでも、指輪ひとつでこの思いは変えられることは出来なかった。謝っても開き直っても、絶対に許されないことを自分はしようとしている。

ノエルに嫌われても仕方がない。愛想を尽かされるのが当然。だから、もういい。はじめから許しを乞うなんて思っていない。同志を救ってノエルのところに戻ってきて、それでまた彼女に受け入れられたいなんて虫のいいこと、自分に言う資格なんてどこにもないから。

自分の左の薬指にはめられた銀の指輪を抜き取ってデスクの上に置く。置手紙なんてものは残さない。むしろ、残さない方がいい。きっとノエルは指輪だけでその意図に気づく。彼女が怒るか、それとも泣くか、それは分からないけれど(泣かないで欲しい、なんてのは虫が良すぎる願いだ)。

「愛してる。愛してたよ、ノエル」

ごめんね。
もう一度眠る彼女に呟いて、そのままキスをしようとした、けれどやめた。これ以上ノエルに触れてしまえば、きっと自分は行けなくなる。だからもう一度だけ彼女の寝顔を見つめて部屋を出た。振り返りはしない。自分はそこにいることを許された居場所を自分で捨てたのだから。

・・・

シュン・と機械的な音が二度鳴る。一度目は扉が開いた音。二度目は扉が閉まった音。二度目のその音を聞いて、ノエルはゆっくりと身体を起こした。暗闇のためはっきりと辺りを見ることは出来ないけれど、その中でも小さく光っているものがあるのが分かる。

「相談くらい、してくれてもいいじゃない…」

アレルヤが帰ってきてから、何か様子がおかしいことくらいとっくに気づいていた。いつも何か考えているような、別の誰かのことを想っているような。いつも一緒にいるのだから、それくらい分かる、分かってしまう。いつかアレルヤが自分から離れていってしまうのではないか。そんな不安はあったけれど、二度と離れたりしないと彼は約束してくれた。だから、信じた。だが、これが成れの果て。

「破るくらいなら、はじめから約束なんかしないで」

出て行く直前まで、彼は躊躇っていた。そこで起きて引き止めていたら、きっと彼はここに残ってくれていた。でも、それじゃあ意味がない。アレルヤは自分でここを離れることを選んだのだ。それを断ち切ることなんて自分には出来やしない。
愛してた、という彼の声がぐるぐると巡る。愛してる、じゃなくて愛してた。たったそれだけの違いなのに、ひどく重みが違ってくる。置いていかれた指輪もその証拠。それでも、最後まであの人は「ごめん」と謝った。何度も何度も、声を震わせながら謝った。

「謝るくらいなら、一緒にいて欲しかったよ…」

あの日アレルヤから貰った指輪を外す。暗いとかそういうのじゃない、視界が揺れて、それをうまく見ることが出来なかった。あの日から何度も何度も指に光るそれを見てきた。嬉しくて、何度もつけたり外したり触って眺めて。
本当なら、もう持っていない方が良いのだろう。それでもきっと、私はこの指輪を捨てることは出来ない。あの人が別の人に指輪を贈ったとしても、きっと無理。忘れることなんて出来ない。


トレミー中に突如響き渡ったサイレン音。アリオスが勝手に、とか、アレルヤ!と、誰かが叫ぶ声が聞こえた。
私の身体はそこから動けなかった。指輪を握り締めたまま、意図的に動こうとしなかった。



END
(20081025)


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