私が私でいる理由

「貴方の名前はね、ノエル。ニールお兄ちゃんがつけてくれたのよ。」

いつだったか。まだ幼い自分の小さな頭を、母が温かくて優しい掌で撫でてくれていた頃だったと記憶している。幼心にふと思ったのだろう。なんでわたしのなまえはノエルなの?と聞いて、母が優しい瞳を自分に向けて答えてくれた。良い名前を貰ったわね・と笑った母の笑顔は、今はもうぼんやりとしか思い出せなくて。

「じゃあノエルの名前はロックオンがつけてくれたの?」

展望デッキで世間話をしていたら、どういう具合かそんな話になっていた。ノエルは驚いたようなアレルヤの声にひとつ頷き、言葉を続ける。

「私とロック兄が幼馴染なのは知ってるでしょ?私とロック兄の両親も幼馴染だったらしくて…ほとんど兄妹同然の生活をしてたの」

だからロック兄は私が生まれたときから私のことを知ってるの・とノエルが苦笑すると、そうなんだとアレルヤは穏やかに笑った。
本来ならこういうことも守秘義務のため言ってはならないのかもしれないが、ふたりの間では他言しなければ問題ないと暗黙の了解がある。例えそれがノエルとアレルヤの間でのみ成り立つ法則だとしても、だ。しかもその法則がふたりの間だけで成り立つということがどういう意味なのかお互いにわかっていないところは、やはりどこか奥手で初心なふたりらしい。

「私が生まれたときはロック兄は6才だったから、妹が出来たみたいで嬉しかったんじゃないかな」

だからって近所の子どもが決めた名前を本当に一人娘に採用する私の両親も両親だけどね・とノエルは笑った。
優しかった両親。そして、本当の娘のように接してくれたロックオンの両親。優しくて大好きだった二組の両親を、テロは一瞬にして子どもたちから奪っていった。もう10年も前のはなしだ。朧げにしか思い出せない彼等の笑顔がノエルの脳裏にちらつく。

「じゃあ僕はロックオンに感謝しなくちゃね。」
「え?」

アレルヤの突然の言葉に、ノエルは首を傾げながら彼を見上げる。アレルヤは目を細めながらノエルの髪を撫でながら言った。

「ノエルって名前をはじめて聞いたとき、凄く良い名前だなって思ったんだよ。だから、そんな素敵な名前をノエルにつけてくれた彼には感謝しなくちゃって思ってね」

恥ずかしげもなくさらりとそんなことを言ってのけたアレルヤに、ノエルは呆気に取られてそのまま彼の顔を見つめてしまった。それに対して、何か気に障ることでも言った?と心配そうな表情を浮かべたアレルヤに、ノエルは勢い良く首を横に振って否定する。

「違うの。私もこの名前とても気に入ってて、CBに入るときにコードネームにしなきゃ駄目って言われてすごく嫌で。だからファミリーネームは本名じゃないんだけど、ノエルって名前は本名のまま使ってて…って、これも言っちゃ駄目なことなんだと思うんだけど、アレルヤにならいいかな、って!」

私、何言ってるんだろう・とひとりパニックになり両手で自分の頬を包み込んだノエルに、アレルヤは声を上げて笑った。そんなアレルヤを見上げて、ノエルは声には出さずひとり思う。アレルヤにノエルと、自分の名前を呼んで貰える。良い名前と言って貰える。それは、コードネームを使うCBに属する身としては幸せすぎることで。だから、


「ねえニールお兄ちゃん。なんでノエルはノエルなの?」
「ノエルがノエルだからだよ」
「そうじゃなくて!なんでノエルって名前をつけてくれたの?」

いつだったか。6才上の幼馴染と遊んでいるときにそう聞いたことがある。きっとそれは、母から自分の名前は彼がつけてくれたものだと聞かされた直後のことだったと思う。
ノエルを膝に乗せて、彼女のお気に入りの絵本を読んであげていたニールは少し考えながら、しかししっかりとノエルの顔を見ながら言った。

「ノエルが生まれたときに、ノエルのお母さんが言ったんだよ。名前、何が良いと思う?って。それで俺はノエルがいいって言ったら本当にノエルになってさ。でもちゃんと意味があるんだぜ?」

意味は?と首を傾げたノエルに、ニールはまだ小さな掌でノエルの頭を撫でながら、ノエルがもう少し大きくなったら教えてあげる・と笑って言った。


そんないつかずっと昔の記憶が急に浮かんで。
優しく笑うアレルヤを見つめて一緒に笑いながら、ノエルは後でニールに聞きに行こうと決めた。そしてそれをアレルヤに教えてあげよう。そう無意識に思った自分に、ノエルはまた小さく笑った。

もう私は大きくなったから、きっと教えてくれる。

END
(20071224)


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