かみさまなんていないのよ

アレルヤの心が私から離れていることは知っていた。このままだと彼が私のことなど忘れてしまうことだって知っていた。だから、何か彼と私を繋ぎとめるものが欲しかったんだ。


アレルヤは優しい人。どんなに酷い言葉を浴びせられようと、暴力を振るわれようと、いつかのように優しいあの人に戻ってくれると信じていた。
…それはやっぱり、高望みだったのでしょうか。

「子どもが、出来ました」

つまらなそうに座っていたアレルヤは、ノエルのその言葉にゆっくり顔を上げる。アレルヤは自分の前に立っているノエルに色のない瞳を向けた。捕虜になっていたアレルヤが戻ってきて、彼がずっと探していたマリーという人と再会して、暫くしてのこと。いつの間にか私の目を見て話さなくなったアレルヤ。名前だって呼んでくれなくなった。これなら殴られていた頃の方がマシだったと何度も何度も思った。いつからか私という存在を無として扱う彼を繋ぎとめることが出来るものをずっと探していた。そして、見つかった。いつの間にか私の中で生まれていた。
子どもが出来たと知れば、きっと彼も戻ってきてくれる。私の方を向いてくれる。そう、確信があったからこうやって正直に伝えたのだ。なのに、彼は何も言わない。キィ、とアレルヤが足を組み直したことでチェアの背もたれがきしんで、それと彼の声が重なった。

「それで?」
「…それで、って」

一切感情のないその声に、ノエルは言葉を失う。アレルヤからは動揺すら、感情すら何も見えない。まいったな、とアレルヤは頭を掻く。「避妊、してなかったっけ?」と、遠い昔を思い出すように目を細めるが、記憶にないようで溜息をひとつ吐き出した。

「まさか産みたいだなんて言わないよね?」

挑戦的な笑みだった。ノエルを見上げて笑ったアレルヤはさも当然というように言葉を続ける。

「伝えてくれてありがとう。勝手に産まれたら困るからね」

彼の一言一言が全身に突き刺さる。絶対、戻ってきてくれると思ってた。産んでいいと言ってくれると思ってた。また抱きしめてくれて、一緒に、傍にいてくれると思っていた。なのに、彼から発せられる言葉からはその片鱗すら窺えない。アレルヤは迷惑だというそれも、焦りさえも見せない。つまりは、子どもが出来たという事実に何の感情も抱いていないということ。他愛のない、瑣末な事柄だとでもいうような態度。ガラガラと自分の中で描いていたビジョンが崩れ去る。自分の幸せを確信していた。否、それ以上に自分の中にある命に迫る危機を覚えて思わず腹を腕で覆いながら後ずさった。

その様子に何かを悟ったように、アレルヤは軽く笑う。そして立ち上がり、今度はノエルを見下ろした。

「子どもが出来れば僕が君のところに戻るとでも思った?冗談やめてよ。もう僕には関係のないことだ」

真っ直ぐ否定された。何もかも、拒絶された。
生きることさえ許されない。冗談だと笑い飛ばされる。突きつけられた衝撃に涙が溢れた。頬を伝うそれを見て、アレルヤは鼻で笑う。そして、少し思案めいた顔をして納得したように頷いて言った。

「水子の供養くらいなら付き合うよ。それで満足?」

そう非道に言い放つ彼を嫌いになれたら簡単なのに、私はそれさえ出来ない。私が全部悪いんだ。せっかく宿ったこの命さえ、アレルヤを引きとめる“道具”にした。アレルヤに伝えなかったら、ひとりで産んで守ることだって出来た。その道を絶ったのは、私自身だ。
…全ての罪は、私にある。


END
(20081122)


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