身体中いたるところがずきずきと痛む。口内に広がる鉄の味は切った唇から流れた血だろうか。顔についた傷の手当てを受けながら、ノエルは思わず痛っ!と小さく声を零した。慌しく治療を進めていた軍医が「我慢してください」と早口で言った。
トレミーが入港していたCBの基地であるラグランジュ3が攻撃され、基地自体甚大な被害を受け犠牲者も多く出てしまった。トレミーの出航ギリギリまで基地で作業をしていたため、必然ながらノエルも攻撃に巻き込まれた。だが、目の当たりにした基地内の状況から考えると命があった自分は本当に運が良かったというしかない。爆風で飛ばされた先がトレミーから近い場所だったから良かったものの、別の場所にいたら今頃自分はどうなっていたか考えるとぞっとする。きっとこの程度の怪我じゃ済まなかった。
一通り治療を終えた自分の姿を見下ろせば、右手はギプスで固定され首から吊られている。飛ばされた際に右半身を思いっきり壁にぶつけたのでその時折れたのだろう。嫌な音がした気がする、そういえば。利き腕なのに、仕事どうしよう・と小さく溜息をついたときだった。病室の扉が開いて、「ノエル!」という声が届く。
「アレルヤ」
「攻撃に巻き込まれたって…!」
「うん。でも腕の骨が折れちゃったくらいで…後は一応無事」
戦闘から戻った直後なのだろう。まだパイロットスーツを着たままのアレルヤは青い顔をしたままノエルに近寄る。視線を合わすようにしゃがみ込んで、痣になっているノエルの額や頬にそっと触れる。「ノエル、」と痛ましげに目を細めながら何度も彼女の名を呼ぶアレルヤに、ノエルは小さく苦笑した。
「私は大丈夫。大人しくしてたらすぐに良くなるから」
「そんな。だって腕痛いだろ?女の子なのに、顔にこんな傷を作って…」
まるで自分が怪我をしたように哀しげに表情を歪ますアレルヤに、ノエルは幼子をあやすように穏やかに笑みを浮かべた。大丈夫、と彼の髪を撫でる。折れていない左手を少し伸ばしただけで全身がずきりと痛んだ。筋肉が強張って何かに引っ張られているような感覚もするが、それは敢えて無視した。
不安そうな顔をやめないアレルヤの前髪を軽く払って、四年前の戦いで出来た彼の額の傷を撫でる。
「アレルヤだって傷、あるじゃない。お揃いになっただけ」
「こんなお揃い嫌だよ」
せめて腕の傷を代わってあげられたら…と呟くアレルヤに、そしたらガンダムに乗れないじゃないとノエルは笑ってみせた。本当、この人はガンダムマイスターとしての自覚があるんだろうか。でも、アレルヤには自分がガンダムマイスターとしての存在でしかないとは思ってもらいたくない。戦いの中でしか生きられないなんて、思って欲しくない。いつかガンダムに乗らなくても良い日が来ることが、私の一番の願いだ。優しい彼は戦う度に見えない傷を負っている。この人が負ってきた傷に比べれば自分のこんな傷、大したことない。だから、そんなに哀しい顔をしないで。
「どうしたら早く傷が消えるだろう」
「きっと、傷跡にキスしてくれたらすぐ良くなるわ」
少しおどけて言ってみせた。するとアレルヤは驚いたように目を瞠った後、すぐに額の痣にキスを落としてきた。
それなら、何度でもキスするよ。
そう言ってやっと笑ってくれたアレルヤは、やっぱり優しい。この笑顔を守りたい。もう、守られるだけの存在でいたくない。いられない。この人の哀しげな笑顔を見て、強くそう思った。
END
(20081216)