ただ、帰りたい

振り向いて消えていったその笑顔は、戸惑うほど美しく、儚かった



縁起でもないことだけど、もしどちらかが先に死んでしまったら・なんて話を私達もしたことがある。きっと戦争とは無縁のふつうの恋人同士なら笑い飛ばしてしまうような軽い話題なのだろう。私達は“ふつう”でありたかった。出会った場所が他と違うだけ。アレルヤがガンダムマイスターで、ノエルがCBのクルーなだけ。所属と肩書きだけが特殊なだけで、後は世間一般の恋人同士と全く変わりないのだ。だから、行動が限定された状況下でも許される限りふたりで地上に降りて出かけたし、将来のことについてだって話をした。
どんな家に住みたいかとか、子どもは何人欲しいだとか。笑って話をした。他と違うのは、すぐそこに死があって、いつそうなってもおかしくなかったということ。そうなったときの覚悟もしていた。だから敢えて私はあんな話を切り出してしまったのだろうか。

「アレルヤは、私が先に死んだらどうする?」

そう、何気なく口にした言葉にアレルヤは一瞬目を瞠った。そして「何言ってるんだい?」と寂しそうな、困ったような顔をした。深く考えないで、例えばのはなしだから・と答えを求める。すると彼は腑に落ちない表情をしながらも、少し考えて「…きっと、泣く。もう一生泣けないんじゃないかってくらい泣き続ける」と言った。そして、死なせないって答えは君が望んでないと思うから…と苦笑混じりに付け加えた。

「ノエルは?」と今度は自分に振られ、私は少し悩んで「追いかける」と答える。じゃあ死ねないな・とアレルヤはまた困ったように笑って額にキスを落とした。あのとき、アレルヤはどれだけ本気だったのだろう。私は少なくとも本気だった。アレルヤが死んでしまったら絶対に追いかけるつもりだった。


遺体を直接見たわけではない。彼が乗っていた機体が爆散して、真っ黒い宇宙に消えていったのを見ただけだ。でも、それはこの宇宙では死を意味する。何度通信で呼びかけてもエラー音ばかりが鳴り響くし、機体位置を調べてもロストという空しい単語が表示されるだけだった。誰もアレルヤを探そうとはしなかったし、希望はそこで潰えたと認めざるを得なかった。

ふらふらとアレルヤの部屋に向かう。数時間前まで彼が生活していた部屋には、まだ人がいた形跡がたくさん残っていた。取り替える前のシーツだとか、飲みかけのボトルだとか。彼のにおいが残るベッドに身体を沈める。もう、このベッドであの人が眠ることはない。ここに戻ってくることもない。涙は流れない。すぐに会える。

立ち上がってそのままデスクに収納されているはずのカッターを探す。今ここで“それ”の道具となりえるのはそれくらいだろう。ただ無心で探していると、ある箱が目についた。見覚えのあるそれを手にとって見つめる。いつかアレルヤが、自分が戻らなかったら見てくれと言っていたものだった。その時はそんな縁起でもないこと言わないでとすぐに会話を終わらせたのだが。
今は、躊躇いもなくそれを開ける。瞬間目に飛び込んできたのは、“遺書”という二文字。心臓が冷えて、小さく鳴った。

「…遺書?」

プリントされたものではなく、今時珍しい手書きのもの。首を傾げながら箱からそれを取り出し開けた。便箋一枚にびっしり書かれている文字を、ゆっくり目で追いながら頭の中で解釈する。

ノエルへ、から始まっているそれは、これを君が読む頃には自分はもうこの世にいないだろうというよくある前置きからはじまっていて、今までありがとうと先に逝ってしまってごめんなさいと続いた。たくさんのことが書かれているはずなのに、それは全てありがとうとごめんなさいの繰り返し。

出会えて幸せだった、そばにいてくれてありがとう、本当は一緒にいたかった、置いていってごめん

そればかり。なんとなく、彼も迷って書いてたんだろうなということが読み取れて、自然と笑みが浮かぶ。愛した人の遺書を読んでいるときに笑うなんて、考えたこともなかった。ずっと彼の言葉が続けばいいのにと無意識に思っていたのだろう。目で追っていた文字が残り少なくなったところで、はじめて違うことが書かれていた。


君は僕よりもずっと幸せにならなきゃいけない
僕が知らない、ノエルを絶対に幸せにしてくれる誰かと、幸せになって欲しい



息が止まった。何度も何度も書いた後で文字を撫でたのか、ペンのインクがそこだけ擦れている。最後に続いた一行は、“だから僕を追いかけるなんてこと、しちゃだめだよ”だった。
勝手な人。勝手に感謝と謝罪を述べて、最後には幸せになれと難題を押し付けてきた。

「貴方がいないのに、幸せになんかなれないよ…」

追いかけるなと言われても、今ここでアレルヤを追いかけた方が私はずっと幸せだ。アレルヤじゃない、アレルヤの知らない誰かと一緒になるなんて考えられない。そんなことをしても、私は幸せなんかじゃない。それは偽者だ。それでも彼は私の幸せを望んでいる。…私はそれを望んでいない。

戻れないのは分かっている。帰れないのは分かっている。けれど、もう一度戻れるのなら、“ふつう”を求めて他愛もなく語り合ったあの日に。
ただ、帰りたい。



END
(20090117 song by 月虹-GEKKOH- / the end of genesis T.M.R.evolution turbo type D)


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