安寧はいつだって飴と鞭

自分が出来ると思ったことをするのがそんなにいけないことなのだろうか。
確かに私は戦闘能力というものなど持ち合わせていないし、それでいて他に何か役に立つことがあるのかと問われれば口を噤んでしまう。ガンダムの整備も出来なければオペレーターさえ完璧にこなすことは無理だろう。衛生管理者という肩書きはあれど、やっていることといえばただの雑用。雑用だって必要なのだからこの仕事を疎んじているわけじゃない。それでも何かしらの方法で戦っている皆を見ていると、私はただ都合良く逃げているだけでしかないと思わされる。
だから、少しずつ勉強をした。医療関係や、戦況オペレーター、トレミーの操縦だって一通り出来るようになった。
アリオスの支援機に乗る人間がいないのなら自分を乗せてくれと頼んだのは、その延長に過ぎなかった。もっと訓練するから、必ず成果をあげてみせるから・と。勿論いきなり機体を操縦することなんて出来やしない。けれど、私はこの四年間ずっと訓練してきた。無理だと言われながらも少しずつやってきたのだ。それを知っているクルーたちは頭から反対はしなかった。したのはただひとり。

「GNアーチャーに乗るだなんて…無理だよ」

格納庫でパイロットスーツ姿のアレルヤが言う。口調は穏やかだが、その表情は険しい。ノエルはアレルヤを見ることなくGNアーチャーに乗り込みデータを打ち込み続けている。自分がパイロットスーツを着る日が来るなんて思ったこともなかった。ずっとパイロットをするわけじゃない。本当に危ないときだけ、支援が必要なときだけ出るつもりだ。マイスターたちと違って私は訓練したとはいえ素人なのだ。それくらい、分かっている。無茶苦茶言ってるのだって分かっている。けれど、今は誰かが乗らなくてはならないのだ。その誰かは消去法でいけばノエルしかいない。
痺れを切らしたようにアレルヤは「君のその腕で操縦が出来るとでも?」と問いかけてくる。その腕、とはテロに遭った際に負った怪我の後遺症のことを指しているのだろう。ノエルは手を止め、そのままGNアーチャーから出てアレルヤの前に立つ。無重力空間なのでコクピットから出る際にアレルヤが手を貸してくれた。なんとなく、それが嫌だった。

「腕はリハビリを続けて良くなってる。機体に乗る訓練だってしてた。何がいけないの?」
「ほとんどは完璧じゃない。戦闘中に腕が痛んだらどうするんだい?それに、訓練と言っても君がしているあれはただのゲームだ。本当の戦場はあんなものじゃない」

アレルヤにゲームといわれたのはれっきとした戦闘シミュレーションだ。実際に機体を使って訓練するのだから遊びじゃない。むっとして黙ったままだったノエルに、アレルヤは続ける。
「馬鹿なことは言わないで、君はちゃんと部屋にいて。支援機には他の誰かが、」

アレルヤの言葉を遮って、ノエルは「馬鹿なこと?」と呟いた。アレルヤにとって、自分の努力は“馬鹿なこと”でしかないのだ。思いつきでやっているわけじゃない。何年も訓練をしてようやく乗れるようになったのだ。マイスターには劣るかもしれないが、素人ではない。素直に引き下がらないノエルに、アレルヤは「君は何も分かっていないんだ!」と捲し立てた。

分かっていないのは、どっちだ。好き勝手自分の都合の良いことしか言わない、それは合理的だとでもいうのか。

「分かってないのはどっちよ。」

持っていたメットをアレルヤに押し付ける。驚いたようにこちらを見やるアレルヤを睨んで、今まで溜まっていたものを全部吐き出した。

「四年前とは違うの!四年間ずっと訓練した。私は素人じゃない。ちゃんと戦場の危険さも分かってるし、覚悟だってある。分かってないのはアレルヤでしょ?四年前から変わってないのはアレルヤじゃない!」

言い捨ててそのまま格納庫を出る。本当は言ってはいけなかった。捕虜になっていたアレルヤの四年間は止まったままだ。私とは違う。それでも、言わずにはいられなかった。あの人が私を守ろうとしてくれているのは知っている。ああ言うのだってノエルを危険な目に遭わせないためだ。それを分かっていて、私は敢えてその守りを破る。真新しいパイロットスーツ姿の自分を鏡で見る。似合わない。哀しいくらい似合っていない。
泣き出しそうな自分の表情と、強さを示すパイロットスーツのあまりにも不釣り合いさに、ノエルは小さく自嘲をこぼした。



END
(20090118)


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