「ちょっ、おい、ノエル!お前何やってんだ!?」
「見て分かりませんか?リハビリです」
スチャッと右手に持ったナイフを掲げてその存在を示すノエルに、ニールは思わず悲鳴を上げそうになった。長く伸びた銀髪を後ろでゆるくひとつに結い、前髪も邪魔にならないようにかピンでサイドに留めている。彼女が当たり前のように着ているグリーンのエプロンは自分用に先日購入したもの。やはり彼女には大きいのか、肩紐がずれ落ちそうになってる。って、そんなことはどうでもいい!と、ニールは大きく頭を振った。
「待て待て待て!お前、いくら右手は動くからってナイフは危ないだろ!?怪我でもしたらどうする!」
「大丈夫です。大分左手も動くようになってきたし、リハビリですから無理のないように作ります」
「で、お前何作るつもりなんだよ」
「とりあえずアイリッシュシチューを作ります。今からじゃがいもの皮を剥こうかと」
「じゃがいもの皮をどうやって片手で剥くつもりだ?」
「それは普通に左手で持って右手で…」
「手を滑らせたらどうなる!貸せ、料理は俺がやるから!」
パッとノエルからナイフを取り上げ、ついでに彼女が左手で取ろうとしていたじゃがいもも奪い取る。ああっ!とノエルが非難めいた声を上げ、こちらを睨んできたがそんなこと知ったこっちゃない。六年前のテロで左手を負傷したノエルは、まだその後遺症で左手をうまく動かせない。だがはじめは二度と動かないかもしれないと医者に言われていたのだから、ここまで回復したのだって奇跡に近い。奇跡なんて薄っぺらい言葉で済ませてはいけないくらい、彼女は血の滲むような努力をしてきた。そしてそれは現在進行形で。
「返してください」
左手を差し出し、ナイフとじゃがいもを返せと要求するノエルに、駄目だ・ともう一度強く言う。左手を差し出してきたのはわざとだろう。もう動くのだから大丈夫、そう言わんばかりの行動だ。
「何で邪魔するんですか!リハビリだって言ってるじゃないですか!」
「リハビリをするのは悪いとは言わねえさ。だけどな、もうちょっと他のやり方だってあるだろ?料理するにしても、一から十までお前ひとりが作るんじゃ兄ちゃんは心配で死にそうだ」
はぁ、と大げさに溜息を吐けば、そんなことないです!と更にノエルは言い募る。そうだよな、こいつはこういう奴だ。一度やると言ったら聞かない奴。昔からそうだ。
「なあノエル。何焦ってんだ?」
ニールは言いながらナイフとじゃがいもをキッチンテーブルに置き、まだ小さいノエルと視線が合うようにしゃがみ込んだ。150センチそこそこのノエルと、180センチの俺。これでようやく目線が合う。以前、ニール兄は身長伸びすぎです!と文句言われたことがある。確かに30センチ差は結構なものだと思うが、ノエルの両親はふたりともそれなりに身長が高かったから、彼女も数年後には170センチ近くになっているかもしれないなとぼんやりと思った。
「別に焦ってなんかいません。ちょっと人より時間をロスしたのでそれを取り戻そうとしてるだけです」
「だからそれを焦ってるって言うんだよ」
ノエルの両腕を優しく掴んで、焦るなよ・と言い聞かせる。我ながら少し情けない声だと思った。ノエルは昔から強情なところはあったが、理由をちゃんと言えば素直に聞く子だった。だがテロに遭って、俺とノエルが生き残って、彼女を守って生きていくと決めたはいいが、やはり十代前半の俺とまだ8才そこそこのノエルが簡単に生きていけるはずもなく。ノエルの治療をしてくれた病院の紹介で、信用出来る教会(孤児院としての役割もあった)のシスターにノエルを預け、自分は自分で裏稼業に手を染めつつ何とかノエルの治療費と今後の生活に困らないだけの金を作った。そして彼女を迎えに行ったのが俺が18になる年の春。ちょうど、二年前のことだ。四年ぶりに再会したノエルは、それは大層喜んでくれたが、何故か俺に対して敬語を使うようになっていた。その理由は未だに謎だ(聞いても教えてくれないし、やめろと言っても聞かない)。だが、それがはじまりだったようなもので、彼女の強情さと負けず嫌いさは拍車がかかって強くなっていった。その結果がこれである。
「人と比べるな。お前はお前のリズムがあるだろ?」
「リズムは自分で作るものです。いつまで経ってもゆっくりやっていたら変わるものも変わりません」
きっぱりと言い切るノエルに、どうしたものかとニールは頭を抱えたくなる。思春期だからか、育った環境からか。とにかく扱いづらい。それでも可愛いのは変わりないし、このまま彼女を見捨てるなどという概念は全く浮かばない。
「まあノエルが言うことも分からんわけじゃないけどなあ…」
それでもやはり、心配なものは心配だ。おちおち彼女を家にひとり残して仕事にも行けやしない(行っても絶対落ち着かなくて仕事にならないだろう)。
「じゃあ約束してくれ。ナイフを使うなとは言わないが、とりあえずまずは簡単なものを綺麗に切れるようになってからレベルを上げてくれ。そしたら兄ちゃんも文句言わねえよ」
「簡単なものってなんですか?」
「あー…皮を剥いた人参とかだな。あれなら切り方さえ気をつければ安定してるし、滑って手を切りそうになるってこともないだろ」
「…わかりました」
しぶしぶと言った感じだが了解の意を伝えてきたノエルに、ニールはほっと表情を和らげる。よしよしと昔のように頭を撫でてやれば、くすぐったいです・と首を竦めた。そして真っ直ぐとノエルは顔を上げて、首を傾げながらニールに尋ねる。
「じゃあ今から晩御飯作るから、ニール兄、手伝ってくれますか?」
とりあえずじゃがいもの皮を剥いでほしいです。と進言してきたノエルに、了解だ。とニールは頷いて立ち上がった。多少強情になった可愛い妹分だが、根は素直なので一度了解したことには異を唱えず約束を守る。それは昔から変わらないし、これからもその心を忘れないでほしい。
明日、彼女の分のエプロンも買いにいくか。と、じゃがいもの皮を剥きながらニールは頭の片隅で思った(エプロンの色は何色がいいだろう)
END
(20080223 title by Rachael)