悪い、ヘマした。と、ベッドに横たわったまま苦笑いした彼を見たとき、本当にどうしたらいいか分からなくなった。今まで感じたことのない、誰にもぶつけられない哀しみややるせなさや、他にももっともっとたくさんの感情がごちゃ混ぜになって身体の中で暴れまわっている。何で貴方の右目が包帯で覆われているのですか。どうしてターコイズブルーの綺麗な瞳が片方しか見えないのですか。
もう、見えないって、本当ですか?
「なんでお前が泣きそうな顔してんだよ」
立ちすくんだまま何も言えない私をニール兄は優しく呼んでくれる。今私は一体どんな顔をしているのだろうか。泣きそうな顔?(それとももう泣いてしまっている?)
震える足をどうにか動かしてベッドのすぐそばまでたどり着く。備えられた椅子に座るよう促されて、倒れ込んでしまいそうになるのを必死に堪えてからゆっくりと腰を下ろした。
ニール兄との距離が近い。けれど私は何も言えず、ただ俯いたままでいた。そんな私をニール兄が残された左目でじっと見ている気配がする。視線、という単語が脳裏にちらついて、それが否応なく目を連想させる。そのたびに心臓が跳ね上がり、またざわざわと様々な感情が私を押しつぶす。その繰り返し。
沈黙が病室を満たして暫くした頃、ふっとニール兄が小さく笑う気配がした。
「お前に言ったことなかったけど、俺が数年前まで裏稼業やってたことは知ってるよな?」
勘の良いノエルのことだから、気づいてると思ってたよ・と力なく笑われて、私は小さく頷いた。
テロに遭ってしばらくしてから、ニール兄は私を孤児院へと預けた。本当は一緒にいたかったけれど、まだ子どもの自分達が自立してちゃんと生活できるはずもなく。すぐ迎えに来るからなと、ひどく寂しそうな顔をして頭を撫でてくれた彼は、四年後本当に迎えにきてくれた。大人になって、背も伸びて、ちゃんと“家”に連れて帰ってくれた。
そのとき彼は何も言わなかったし、自分も聞いちゃいけないと思って聞かなかったけれど。たった四年で、まだ成人もしていないふたりが不自由なく十分な生活ができるようになるくらいお金を作るってことは、とても難しくて、本当に大変なことは分かっていた。だから、それをやったニール兄が、それなりに危険なことをやっていたってことくらい幼い私でも理解出来た。私のために、彼は、自分の手を血で染めてくれた。私の、ために。
「だからな、ちょっとだけ安心したんだよ。もう銃は撃てないから、人をこの手で殺すこともないんだって」
こんなこと言ったら、他の奴らに怒られそうだけどなと、ロックオンは小さく自嘲気味に笑った。
片目でも生活する分には慣れれば支障はないかもしれないが、MSに乗ったり、銃を撃つことはもう到底無理だ。それはCBのガンダムマイスターとしての資格を彼が失くしたことを意味している。
もう、彼は自分の手で戦争根絶も、テロ撲滅も成し遂げられなくなった。それはとても哀しいし、悔しいことだと思う。自分達の立場から考えれば命があるだけましなのかもしれない。
こんなところで、という思いもある。けれど。
ずっと無言のまま、泣くのを耐えていたノエルがゆっくりと視線をニールへと移した。やっと顔見せてくれたな・と笑うニールに、ノエルは涙が溢れないように必死に堪えながら彼の姿を瞳に焼き付ける。
「私が、ニール兄の目になります」
ノエルが不意に切り出したその言葉に、ニールは残された左目を瞠る。目になると彼女は言っているが、残された左目がある限り、視力が完全に失われたわけではないので日常生活くらいは送れるだろう。別に俺は、と思わず声を出したニールを遮るように、ノエルは再び口を開いた。
「ニール兄も知ってるけど、私は左手をうまく動かせません」
今度こそニールは瞠目した。ノエルは十年前のテロで左手を負傷した。長年のリハビリと治療のおかげで日常生活に困らない程度には動かすことが出来るようになったが、やはり健常者と比べればその動きはぎこちない。テロの時に負った傷を隠すため、ノエルは常に長袖を着用している。一緒にテロに遭い、自分を助けてくれたニールにそれを思い出させることのないよう、彼女はニールの前では特にその傷を見せないように気を遣っているのだ。そのノエルが、羽織っていたカーディガンを脱いで、その傷をニールの眼前に翳す。久方ぶりに目にしたその傷は、十年経った今でも生々しく傷となって残っていて。肌が白い分余計にそれは際立って目立っていた。
「私がニール兄の右目になります。だから、ニール兄は私の左手になってください」
そしたらふたり共おあいこです・と、ノエルは力なく笑う。そうだなと、ニールは手を伸ばし、そのまま彼女の頭を撫でた。本当は泣きたくて仕方がない。という表情をしているのに、無理に強がって自分を励まそうとしてくれているのが手に取るように分かる。いつの間に、この子はこんなに強くなったのだろう。ただ自分の後ろを着いてくる小さな幼馴染だったのに。いつの間にか、自分を支えてくれる大きな存在になっていた。
「お前の兄離れより、俺の方が妹離れ出来なくなってるよ」
ノエルの頭を撫でていない右手で左目を覆って、浮かびそうになった涙を思わず隠す。右側はずっと暗くて、掌で覆った左側も黒になる。けれど、気持ちまでは暗くならなかった。左手に感じる彼女の体温が、とてもあたたかい。彼女がそこにいればいい。心から、本当にそう思えた。
END
(20080310 21話捏造ネタ)