本当、何やってんだろうな。
置いてかないで!と、珍しく感情の総てを表に出して懇願した妹分の泣き顔が脳裏にちらつく。夜中、部屋に飛び込んできた彼女は泣いていた。目を負傷し、治療を拒否した日の夜のこと。夢を見たと言っていた。
「ニール兄がいなくなるんです。待っててくれって言い残したまま、ずっとずっと帰ってこないんです…!」
そんなに怖い夢だったのかと思えば、俺が帰ってこない夢を見たという。そんなことでとはじめは笑ってしまったが、あまりにも彼女の怯え方が尋常じゃないのでそれはすぐに隠した。
部屋に招き入れて温かいミルクを飲ませて、落ち着いたか?と聞いてやれば、小さく頷きつつもノエルの顔色は青白い。俺がいなくなるのがそんなに寂しいか?と問いかければ、寂しいよりも怖いですと返ってきた。何が怖いのだろう。俺と彼女は年の離れた幼馴染で、ずっと兄と妹的な間柄だった。勿論、恋人同士でもない。ノエルは好きだし、大事だ。けれど、それはあくまで妹として。そしてそれはノエルにもいえること。恋愛感情はお互いにないし、ノエルはアレルヤとよろしくやっている。それなのに、俺がいなくなるのがどうして怖いのだろう。アレルヤがいなくなる方が怖いんじゃないか?
「昔、孤児院にいたとき、本当はすごく寂しかったし怖かったんです」
ミルクの入ったカップを掌で包みながら、ノエルが言葉を零すように言った。テロに遭って数年間、俺はノエルを孤児院に預けていた。勿論一緒に暮らしたかったし、そばにいてやりたかった。けれど、まだ幼い子どもがふたりで生活できるほど世界は甘くない。14そこそこの俺が一端に金を稼げたのだって、世間的には顔向けできないようなことを繰り返したからだ。そのためには人だって殺したし、本来なら必要のない射撃能力まで開花してしまった。迷惑なはなしだよ、全く。
「でも、いつか絶対ニール兄が迎えに来てくれるって思ったら、それだけで耐えられたんです」
だから私が一番怖いのは、貴方が帰ってこないことなんです。
続けざまにそう言ったノエルの頭を昔と同じように撫でてやりながら、大丈夫だと彼女の耳元で呟く。
「絶対帰ってくる。お前を置いてどこかに行ったりしないよ」
泣く彼女を宥めながら、ニールは小さく笑った。そしてわざと少しおどけた様子で言う。
「まあもしも、もしものはなしだ。俺が帰ってこなかったら、アレルヤのところ行っとけ」
そしたらお前も寂しくないだろ?
そう言えば、不安そうな顔をするノエルだったが躊躇いがちに頷いた。ノエルが本心から頷いたわけでないことだって分かってる。これ以上俺を困らせないようにきっと頷いたんだ。それを分かっていて、それなら兄ちゃんも安心だ・なんて笑ってみせる俺は卑怯か?卑怯だよな、ずるいよな。
でもそのときは自信があったから。絶対、二度とノエルを泣かさないと決めていたから。だからそんなはなし、仮定で終わると思っていたんだ。なのに、な。
「本当、何やってんだろうな」
宇宙に漂う自分の周りに散らばるエメラルドの粒子が故郷の雪と重なる。
悪いな、ノエル。約束、守れそうにないわ。
破るつもりなんて全然無かったのにな。本当だぜ?信じてくれっつっても、お前は聞いてくれないんだろうな。
なあアレルヤ、ノエルを頼むぜ。
あいつ強がって滅多に泣かないけど、本当はすっげえ泣き虫なんだよ。小さい頃はピーピー泣きながら俺の後をついてきてたよ。このこと俺が言ったの、内緒だぜ?ノエルが怒るからな。
…でも、こんな大事なことを人に頼むなんざ、俺は最低な兄貴だな。ノエルに嫌われても仕方ないよな。それだけは避けたいんだけど、そんなこと、約束破った俺が言える資格なんてないよな。
でもまあ、最期のお願いだ。こんなどうしようもない兄ちゃんを、許してくれな。お前に嫌われたら、兄ちゃんは生きていけねぇんだ。
神様なんているか知らねえけど。いるなら、もうひとつだけ。今さっき最期のお願いしたばかりであれだけど、本当にもうひとつだけ、願ってもいいですか?
俺が帰ってこないって知ったら、絶対泣く奴がいるんだよ。いつの間にか俺のもうひとりの妹になってた、そんな女の子。
強がってるけど本当は誰よりも弱くて脆くて、泣き虫なんだ。だから、だからさ。最期のお願い。妹が、ノエルが、泣き出してもすぐに泣き止んでくれますように。
頼んだぜ、神様。
END
最期の最期に、あいつの声が聞こえた気がした。ずっと待ってますって、泣きながら、でも強がって笑って言ってるような声だった。はは、待っててくれるのか。ありがとな。でもいいよ、待たなくて。お前はお前で幸せを見つけろ。俺なんかを待ち続けても得になることなんて全然ないぜ?それでもいいのか?…そうかよ、それでもいいのか。お前もつくづく変わりもんだな。いいぜ。ならいつか必ず帰るから。それまで待っててくれ。今度こそ、約束は破らねえよ。…ああ、約束だ。
(20080316 刀@title by 人魚と柩)