ノエルを連れて行ってもいいですか。
僕がそう聞いたとき、ロックオンは静かに笑って頷いた。連れて行く・と言っても近くの店に買い物に行くとか、旅行をするとか、そういうのじゃないことくらい彼もわかっている。
ずっと一緒にいたくて、この世界で彼女と一緒に生きたくて。
苦労かけるかもしれないけど、一緒に来てほしい。
そうに告げたとき、彼女は一瞬の間の後、静かに頷いてくれた。その一瞬、彼女が何を考えていたかくらいすぐに分かる。ノエルにとってロックオンはずっと一緒に生きてきた人。兄的存在の、彼女にとって血は繋がっていなくとも家族に違いない。それを分かっていて僕はノエルとそんな人を引き離そうとしているのだから、見る人が見れば極悪人になってしまうのだろう。
「良かったよ、お前がいてくれて」
出発前夜、アレルヤはロックオンの部屋に呼ばれた。ノエルはノエルで女の子たちの部屋に呼ばれていて、楽しく会話に花を咲かせているのだろう。
ロックオンに注がれたウイスキーを喉に流し込みながら、彼の言葉に耳を傾ける。こちらを真っ直ぐ見ながら小さく笑っている彼は、どこか寂しそうな目をしていた。
他愛もない会話を肴に酒を飲み、語る。こんな風にゆっくりふたりで話したことは過去片手で数える程度か。それだけCBにいた頃は切羽詰まっていたし、ゆっくりはなしをする余裕もなかったという証拠。アレルヤは決して強くない酒を胃に流し込みながら苦笑する。
「貴方からノエルを奪っちゃうみたいで、少し後ろめたい気持ちもあったんですけどね」
「お前もノエルも成人してるんだし、ちゃんと自分らで決めた道を歩こうとしてるんだ。反対なんかしねえよ」
それとも俺が反対するとでも思ったか?とおどけたように聞いてくるロックオンに、少し・とアレルヤは笑う。ロックオンにとってノエルは妹であり、娘みたいなものだと思っていた。だから一緒にいる間はどんなに応援してくれていたとしても、ふたりで違う土地で生きてみたいという自分達のわがまま(言い出したのはそもそも僕だし)はすんなりと許されない気がしていた。
ロックオンは自分達よりもずっと年上で、大人で、世界を知っている。だから、ちゃんとその目線でいろいろなことを諭してくれるのだと思っていた。そしてそれを少し期待していた自分もいた。けれど、彼が背を押してくれればもう逃げ道はない。覚悟を決めることが出来る。そう思っていた自分はやっぱり彼とは比べものにならないくらい甘いのだろう。
「俺とノエルがテロに遭った時、俺達が家族を亡くしたのは知ってるよな?」
会話が一旦止んで暫くしたとき、ロックオンがグラス片手にそう切り出した。彼にとってもノエルにとっても触れられたくない過去のこと。それをロックオン自ら切り出したことにアレルヤは少し驚きながらも、疑問に対する答えを返す。
「ロックオンは両親と妹を。ノエルは両親を失った…んですよね?」
「ほぼ正解だな」
「ほぼ?」
ああとロックオンは頷き、グラスを口に運んだ。カラン、と氷がぶつかり砕ける音がする。
「ノエルの弟か妹も、だな」
ロックオンのその言葉に、アレルヤは首を傾げる。ノエルからそんなはなしは一度も聞いたことがない。テロで両親を失い自身も左手を負傷したと、それだけしか自分は知らない。理解できないという表情のアレルヤをロックオンは一瞥し、グラスを机へと置く。その拍子に再び氷がぶつかり合って鳴った。
「おばさん、…ノエルの母親は、テロに遭ったとき、ノエルの妹か弟を宿してたのさ」
あいつは毎日言ってたよ。もうすぐお姉ちゃんになるんだ!て、嬉しそうにな。
アレルヤはただ目を瞠ってロックオンを見つめていた。ロックオンは目を閉じて十年以上前のことを思い出す。その時の、まだ幼いノエルの笑顔は今でも鮮明に覚えている。お姉ちゃんになるから、ノエルはもっといい子になるよ・と、自分に宣言してくれていた。そうじゃなくてもいい子だったと思っている。それでも、彼女は“姉”になるから頑張るんだと笑っていた。弟か妹の誕生を心待ちにしていた。それを、テロが一瞬にして奪っていった。
「あのテロから十年以上経ったが、俺はあの時以上のノエルの笑顔を見たことがないよ。お前といる時以外はな」
自分にも言えること。テロで負った傷は一生癒えることはない。それは心の傷だけでなく、目に見えるものにも言えること。
ノエルはテロで左手を負傷し今もその後遺症に苦しんでいる。現代の進化した医療技術をもってしても完全に治せないくらいの傷。それでも、彼女は今幸せを掴むため生きている。前を向いて、歩こうとしている。その隣にいたのが今までは自分だっただけで、それはいつでも代わることが出来たのだ。ノエルを愛してくれて、ノエルを守ってくれる、そんな奴が現れたのならば。
「覚えとけよ、アレルヤ。ノエルの笑顔を守るのがお前の役目で、アレルヤの帰る場所を作るのがノエルの役目。そして、幸せになるのがお前等ふたりの役目だ」
真っ直ぐアレルヤを見据え、ロックオンは笑う。あいつを守ってくれる奴が現れるまで、ノエルを守るという俺の役目は終わった。後は、祈るだけ。
「ノエルを泣かせたら容赦しねえぞ?即狙い撃ちに行くからな」
指でアレルヤを撃つ真似をしながらおどけて言えば、アレルヤは肩の力を抜いて小さく笑う。それを見届けて、 ノエルを頼む。 と、頭を下げた。アレルヤなら大丈夫だと思ったから、彼に大事な妹を託すのだ。このふたりなら大丈夫。強く生きてくれる。
アレルヤはロックオンの目を見つめ、力強く頷いた。
「必ず」
END
不安そうにこちらを見上げてくる妹分の頭を小さい頃からそうやってあげているように撫でてやる。
俺のことは心配しないで、アレルヤと幸せになれ。
そういうと、彼女は照れたような、はにかんだ笑顔を浮かべた。それが本当に幸せそうな笑顔で。
ああ、これなら大丈夫だ・って、心から思えたんだ。
(20080330 刀@title by 人魚と柩)