引き攣った手首

昔から要領が良かった俺は、何とかこの若さで一端の医者という地位を獲得していた。破壊があるのなら、再生すればいい。それが、俺の持論。何百年もかけて世界は今の混沌とした状態になった。それを、たったの数年で変えられるはずはない。壊されるのなら、なおすまで。正直、破壊されて、また破壊する行為を繰り返す意味なんてどこにあるだろうか。どこにもないだろう? なのに、双子の片割れは自ら破壊を選んだ。破壊を憎むあいつは、その破壊を破壊することで世界を平和へと導こうとした。…馬鹿げてる。破壊は破壊を呼ぶ。世界など変えられない。世界を少しでも変えたいのならば、再生を選べばいいのに。破壊を壊すために世界そのものをなおそうなど、そんな途方も無い考えをするから間違っているのだ。今目の前の小さなものでも救えればいいじゃないか。大きなものを欲張って守ろうとするから失敗するんだ。当たり前だろ?だから俺は医者として人を助ける。世界中の人間は助けられなくとも、目の前のひとりを助けられたらそれでいい。誰も助けられないより、はるかにマシだろう?

「よお」

もう二度と会うつもりはなかった。数ヶ月前に会って以来、連絡だってこの十年間と同じようにとっていなかった。なのに、何故こうも偶然が重なるのだろう。そのまま無視だって出来たのに、医者と患者という手前、どうしてもこの場でその顔を見せるわけにはいかなかった(病室には俺と彼女と、もうひとりしかいないのに)

「ライル兄…」
「なんでいるんだって顔だな。いるのは当たり前だろ。俺が勤めてる病院にお前が子を産みに来た。それだけだ」

個室の病室の扉を閉め、ライルは白衣のポケットに両手を入れたままノエルが座るベッドへと歩み寄る。しかし、笑顔はない。無表情に近かった。

「死んだかと思った」

冷たい目のままノエルを見下ろすライル。ノエルは生まれたばかりの我が子を抱きしめながら、真っ向からライルを見据えた。数ヶ月前までは持っていなかった、その眼光の鋭さにライルは内心首を傾げた。何が彼女を変えた?

「死ねません。私はこの子を守るという使命がありますから」
「死んだ恋人とでも約束したか」
「そんなのしてませんよ。というか、出来ません。アレルヤはこの子が私のお腹にいるって知る前にいなくなっちゃいましたから」

きっぱりと言い切るノエルに、ライルはとうとう無に近かった感情を表情に出した。眉を顰め、不快そうに顔を歪める。それは目を細めるくらいの僅かな変化だったが、彼の纏う雰囲気ががらりと変わったのでノエルもそのことに感づいただろう。だが、ライルに注ぐ視線ははずされない。アレルヤというのが死んだ恋人か何かの名前だろう。会いたいとも、どんな奴だったかも聞きたくないし知りたくも無い。むしろ今すぐその名を忘れたい。

「左手は、動くようになったんだな」
「手術もしましたし、毎日かかさずリハビリもしていましたから」
「それでもたまに動かなくなるだろ。せいぜいガキ落とさないようにするんだな」

鼻で笑いながらライルはそう吐き捨てる。ノエルは傷ついたそぶりも見せず、ただ不快そうに眉を顰めていた。その目は、なんだ?お前はいつからそんな目をするようになった?数ヶ月前に会ったときは、ちょっとしたことで俯いて泣いていたじゃないか。この数ヶ月、彼女の身に、心に何が降り注いだのか(わからない)。

「腕が千切れても落としませんよ」

ノエルの静かな声が病室に響く。
彼女のこの強さは、どこから来た?子を産むことで女は強くなると何かの書物で読んだことはあったが、こんなにも変われるものなのか?ついこの間までボロボロで少し触れば崩れ落ちてしまいそうだったのに。
本当に、今すぐにでもその細い腕を折ってやろうかと思った。めちゃくちゃにひねり折って、それでも子を抱いていられるのか試してやろうかと思った。それでも彼女は子を落とさないのだろう。腕が千切れても、どうにかしてその胸に抱きこもうとするのだろう。…理解しかねるその強さというか、彼女の意地に、ひどく、嫌悪感を覚えた。


END
(20080319)


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