アンチクローン

あの人が還ってきた。「絶対帰って来るから」と言ってくれていた。だから、その言葉を信じてずっと待ち続けていた。そして、彼は「待たせてごめん」と、いつもと変わらない笑顔を浮かべて私の前に再び現れた。

違和感が、なかったわけではない。日常のちょっとした仕草とか、癖とか、そういうもの。
本当に些細なことだったから、気づかないふりをしていた。もしかしたら、長い間会っていなかったから私の勘違いかもしれないし。それ以前に、そんなこと、どうだっていい。あの人が還ってきた。ただそれが事実なら。あの人がここにいる・それだけで十分だったから。


でも、やっぱりあの人は「ニール」じゃなかった。


モニターから流れる戦闘を見て、心臓が凍りつくのを感じた。躊躇なく、光線が敵のMSを撃ち抜いていく。あれは、あの人が乗っている機体から放たれたもの。迷わず敵のコクピットを貫いて、敵の戦力を奪っていく。空に爆散する機体。バラバラと地に堕ちていく。ああ、違うんだ・と心がそれを唱える。否定しようとする感情の全てが拒絶されて、あの人じゃない・と頭が理解してしまう。そのたどり着いた答えを書き換えることはもう不可能。気づいてしまった。決定的にあの人と違うことを。

「貴方は、誰ですか?」

帰還してパイロットスーツから制服に着替えているであろうあの人の元に急ぐ。そして、部屋から出てきたあの人を捕まえて、ただそう問いかけた。

貴方は、誰?

この世であの人のふりを出来るのはただひとりしかいないことを私は知っている。あの人じゃないのなら、この人は。分かっているけど、確認せずにはいられない。貴方の口から、本当の名前を聞きたい。

「誰ってお前、」
「コクピット。コクピット、何で撃ち抜いてたんですか」

あの人は、決して無駄に命を奪おうとはしなかった。たとえそれが敵だとしても、滅多なことがない限り武装を中心に狙って攻撃していた。無駄に命を奪いたくない。昔、散々人を殺してきた俺が言うセリフじゃないけどな・と、自嘲しながら話してくれた。あの人は。

「あの人はそんなことしなかった。あの人、ニール兄はそんなことしなかった」

目の前の「ロックオン」は表情を変えない。じっと視線を外さずノエルを見つめている。そして暫しの後、大きく溜息を吐いた。ぽん、と手袋で覆われた掌をノエルの頭に置く。

「お前、今年いくつになるんだっけ?」
「…?23、です。」
「そっか。じゃあもうわざわざニール兄って敬称つけることないだろ。直に、お前はあいつの年を抜く」

ぽんぽんと宥めるように頭を軽く叩かれる。瞬間、悟れ・とでも言うような、そんな声が聞こえた気がした。目の前のこの人は、ニールじゃない。彼と同じ顔で、姿で、声で。同じ時に生を受けてずっと生きてきた人。それは、この世にひとりだけ。

「…なんで、なんで貴方がここにいるんですか…ライル兄」

目の前が真っ暗になる。認めたくなかった。あの人の時はもう止まってる。「25歳」のロックオン・ストラトスはもういない。今いるのは、「29歳」のロックオン・ストラトスだけ。
今いるこの人は、「25歳」のロックオンではなかった。違う。違う。…もう還って来ない。あの人の代わりが、ここにいる。ロックオンとして、ここにいる。ロックオンとして、生きている。二度と、ニールのロックオンには会えない。

「泣くなよ。…俺が怒られる」

彼は誰に、とは言わなかった。それが、全て。俯いて、声を殺す。握り締めた掌に爪が食い込む感触がする。強くなったつもりだった。みんな、強くなって還ってきたのに。やっぱり私は変わっていなかった。弱い。あの人がいないと、こんなにも私は弱い。頬を伝う涙を、彼は拭ってはくれなかった。代わりにずっと頭を撫でてくれる。その感触と体温がニールと同じであること。それが悔しくて、哀しくて。

それが少しでも違っていたら、少しは楽になれたのに。あの人じゃない・て自分に言い聞かせて、納得させる材料になったのに。もう、どうしようもできない。


END
(20080720 BGM...アンチクローン/RADWIMPS)


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