麒麟は星を殺せるか

私に拒む権利はない。
だって、私が止めなかったからあの人は死んでしまったのだもの。




突き飛ばされた肩がびりびりと痺れて、壁に打ちつけた背中が痛い。一瞬息が出来なくなって、生理的に涙が流れた。それを目の前の彼は快く思わなかったらしい。眉をひそめ、そのまま躊躇なく胸倉を掴まれた。

「なんでお前が泣くんだよ。泣きたいのは俺だ」

低い声が紡いだ恨みの篭った言葉が、グサグサと音と立ててノエルの身体中に刺さっていく。けれど血は流れない。どうせならこの身体を切り裂いてそのまま死なせてくれたらいいのに。見えないところで傷ついていくそれは、いつも同じ場所を傷つけては抉っていく。いつからかそれが当たり前になっていた。どこかで流れている血の色は、一体何色だろうか(もう赤い血は流れていない気がする)。

「お前が一緒にいたんだろう?お前なら止められたはずだ。なんで止めなかった」

止めたと反論したとしても無駄なことは分かっている。何度も行かないでと言った。お願いだからここにいて!と縋って頼んだ。だけど、あの人は行ってしまった。必ず帰ってくるという約束は破られた。あの人が破った、最初で最後の約束。
けれど、止められなかったのは私の責任だ。ここであの人を止めることが出来る可能性があるのは私だけ。もっと強く頼んだらよかったのだ。もっと強く引き止めればよかったのだ。そうしていれば、あの人はきっとまだここにいた。この人も、…こんなに哀しまないですんだのに。

何も答えないノエルに痺れを切らしたのか、ライルはひとつ舌打ちし、そのまま両手をノエルの首に掛けた。ためらいなく指に力をこめ、ノエルの細い首を締め上げる。

「苦しいか?それよりニールは苦しかった。宇宙に投げ出されて、息が出来なくて、そのままひとりで死んだんだ」

静かなライルの声と、ノエルの呻く声が狭い部屋に響く。身体中から力が抜け始める。意識が朦朧とし、無意識に抵抗しようと伸ばしていた手がするりと彼の手首から抜け落ちた。それでもライルは指の力を緩めない。息を止めるというよりも、首をへし折ろうとしているように思える。
けれど、今の自分の苦しみなんて、あの人の比じゃない。ニールはもっと苦しんだ。ひとりで寂しかった。だったら、私なんて。

意識が途切れ始め、目の前が真っ暗になりかけたそのときだった。

「ノエル!?」

滅多に聞かない彼の叫び声が聞こえた気がした。瞬間、首に感じていた痛みと圧迫感が払い取られ、一気に酸素が肺に流れ込んでくる。いきなりのことで呼吸が追いつかず、そのまま座り込んで大きく咳き込んだ。咳をしすぎたせいか、えずきすら湧き起こってくる。全身から吹き出る汗が気持ち悪い。重くて倒れこみそうになる身体を誰かに支えられ、やっと視線だけを上へ向けた。

「アレルヤ…」

声にならないまま彼の名を呼べば、喋らないで・とアレルヤに短く言い切られた。
つい数日前、アレルヤは帰って来た。帰ってきてくれた。そのアレルヤが目の前のライルを睨む。ライルは面白くないというような顔をしていたが、すぐに皮肉な笑みを浮かべて鼻で笑った。

「正義の味方気取りか?」
「ロックオンは、貴方みたいなことは絶対にしない」
「じゃあお前の記憶に刻み込んどけ。“今のロックオンはこういうことをする”ってな」

そう言って嘲笑ったライルを、ノエルを抱きしめたままアレルヤはただ睨む。部屋を出る直前、ライルはノエルを一瞥した。何も言わなかった。その無言が、ただ怖かった。



END
(20080829)


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