それをあいつの中で聞いて、俺は、馬鹿か・といつものようにあいつを蔑んだ。いつものように、甘い奴だと鼻で笑ったんだ。
自分の腕に繋がる管はひどく鬱陶しく感じる。薬やら栄養やら、何だか知らないが色々なものを点滴されているらしい。ひとつ舌打ちをしてそれを腕から引き抜いた。ぶちりという嫌な音と同時に一瞬風船を割ったような痛みが走る。ボタボタと管の先から血管に送られなかった液体がこぼれ落ちて白いシーツに染みを作った。そして腕からは真っ赤な血が滴り落ち、それがシーツを赤く染め上げた。
「アレルヤ…!」
扉が開くと同時に響いた女の声。彼女のことは良く知っている。いつも、あいつの中で見ていた。あいつが愛している女。あいつを愛している女。
俺はあえてのろのろと視線をそちらに向ける。そして努めて小さく目元を綻ばせて笑ってやった。瞬間、彼女、ノエルの足が止まる。胸の前で握られていた手が、ギュッと力を増したのが目に見えて分かった。
「どうしたの、ノエル。来てくれたんでしょ?」
ありがとう・と、わざとあいつに似た口調で言ってやれば、また彼女は顔を強張らせた。そして、恐る恐ると言った感じに口を開く。先ほど部屋に飛び込んであいつの名前を呼んだときと表情や雰囲気がまるで違う。別の何かを見ているようだ。
「アレルヤ、じゃないよね?」
俺は思わず賞賛の口笛を吹きたくなった。髪の分け目も変えてないし、目の色だってあいつのままだ。それに、言葉を発したのだってさっきの一瞬だけ。しかも口調はあいつそのものだったろ?(いつも見てるから真似くらい出来る)
この部屋に入ってきて数秒足らず。それだけで見破った彼女は賞賛に値できるだろう。気づいたのならもう“アレルヤ”のふりをする必要はない。俺は、口角を上げて笑ってみせた。
「アレルヤじゃなくて残念だったなあ」
「…ハレルヤ?アレルヤは?」
「キュリオスが撃墜されてからずっと眠ってやがる。死んだか?」
俺に代わればすぐに敵を落としてやったのに、あいつは俺になるのを拒んだ。自分の命と敵の命を秤にかけやがった、あの馬鹿は。
ちらりと固まったままのノエルを窺ってみれば、俯いたままなにも言おうとしない。ハッとハレルヤは鼻で笑った。
「どうしたぁ。大好きな兄貴にでも泣きつくか?それとも奴も死んだか?」
彼女の兄的存在であるロックオンを思い出しながらハレルヤは言う。大きな戦闘だったから、堕とされたのは自分だけじゃないかもしれない。自分は奇跡的に助け出されたが、他のマイスター達がどうなったかなど知らないし、知りたいとも思わなかった。こんなことを俺が彼女に言ったと知れば、きっとあいつは俺に殴りかかるんだろうなとぼんやり思う。それだけあいつはノエルを大事にしていた。
互いの呼吸の音すら聞こえるのではないかと思うほど静まり返った病室。その沈黙を破ったのはノエルだった。
「良かった」
搾り出すような、涙で掠れた声だった。あ?と訝しむようなハレルヤの声に、ノエルは顔を上げる。涙で滲んだ緑の瞳は、真っ直ぐとアレルヤではなく、ハレルヤに注がれていた。
「ハレルヤだけでも、戻ってきてくれて」
ノエルの頬を伝っていた涙が床へと落ちる。それでも、彼女は言葉を止めずに笑って言った。
「アレルヤならきっと喜ぶよ」
泣いているくせに、笑ってやがる。何なんだこいつは。本当はアレルヤがいいんだろう?なのに何で笑うんだよ。何で泣くんだよ。どっちなんだよ。ぐるぐる、ぐるぐると訳の分からない感情が自分の中で回り続ける。俺は、何をしたかった?
「…くそ」
アレルヤの意思を感じなくなって、アレルヤの身体が俺のものになって。はじめて、はじめてアレルヤに。起きろよと、心から叫んだ(けど、返事はない)。
馬鹿な真似した俺は、一体何がしたかったんだろう。アレルヤの姿をした俺を“ハレルヤ”と呼んで笑顔を向けてくるあいつは、何を望んでいるのだろう。そんなの決まってる。俺じゃなくて、“アレルヤ”を望んでいるんだ。そんなこと分かっているのに、ノエルもそのはずなのに。
ノエルから、そんな気を全く感じないのはどうしてだろう。アレルヤじゃなくて俺をひとりの人間として見て、接してくる。ハレルヤとしての存在を認めてくれている。分かんねえよアレルヤ。なあ、アレルヤ。お前だったら、どうしてる?
END
(20080614)