体温を分つ

煙草に火を点けて紫煙を思いっきり肺に吸い込み入れる。慣れ親しんだはずのフレイバーはいつもより苦く感じて、それはとても皮肉だけれど、今の自分の置かれた状況を表しているように感じた。
いつもの癖で隣で眠る彼女を引き寄せようとして、ふと違和感を覚える。記憶よりも一回り小さい身体に腕がからぶったのだ。ああ、とその時気づいた。今しがた自分が抱いたのはアニューではない。生まれた時から知っている妹分だ。シーツの中にすっぽり身体をおさめて、小さく寝息を立てている。

「…兄さんに殺されるな」

枕元の灰皿に煙草を押し付けて(ノエルは煙草が嫌いなのだ、後で文句を言われたら面倒だ)、ノエルの肩をそっと自分へと引き寄せる。銀色の髪にひとつキスを落として、その頭を撫でてやる。
一応言っておくが、同意の上だ。俺はアニューを亡くして、ノエルはアレルヤが別の女にご執心。何度か傷の舐め合いに誘っては拒絶されていたが、今夜は彼女の中で何かが切れたのだろう。身を委ねてきたから抱いた。ただそれだけだ。俺はノエルを抱きながらアニューを重ねてたし、ノエルはノエルでアレルヤを重ねていただろう。もしくは虚無のままされるがままだったか。それは俺にもわからない。それでも、大人の男女だ。幼馴染だとか、妹分だとか、もうそんなこと関係がなかった。
もっとやり方があるだろうと兄さんに殴られるなとも思ったが、死人に口無しだ。俺が思うがままに勝手にさせてもらう。
アニューと同じ色をしたノエルの髪は、再会した時と比べると随分痛んでいた。手入れを怠っているというよりは栄養が足りていないんだろうなと、その細くなった身体を抱き込みながら思ったものだ。まともに食べてないだろ、こいつ。人に食えという前に自分の身体のことをなんとかしてほしいと思わざるを得ないが、正直無理やり食わせるとか、そういうことをやるほど情熱はなかった。自分の面倒は自分で見て欲しい。大人なのだから。

「…ん」
「起きたか」

ノエルは身じろぎをひとつして目を瞬かせた。肩を引き寄せた衝撃で起こしてしまったか。気分はどうだ?と聞いてやれば、目をこすりながらノエルは小さく掠れた声で、良くはないです・と答えた。

「悪かったな、優しくできなくて」
「別にそれはいいです、期待なんかはじめからしてませんでしたし」
「なんだそりゃ。やっぱりアレルヤの方が良いってか」

あえて戯けたように言ってやれば、ノエルは眉を顰めてそういうんじゃないです・と声を押し殺すように言ってまたシーツの中に戻っていった。まあそうだよな、普段であれば相手が変われば否応なく比べてしまう行為だろうが、そういう気分でもないかと自分を納得させた。シーツ越しにノエルの頭を軽く撫でてやりながら、帰るか?と問えば、少し眠りたいです、と返ってきた。とっとと着替えて部屋に帰るのかと思いきや、これは意外だった。まあ自分としても体温を分け合える相手がすぐ隣にいることはやぶさかではないし、自分がひとりでいることよりもノエルをひとりにする方が危険だよなとわかっていたから、好きなだけいていいぞ、と今度はその背をあやす様に撫でてやる。

「自分の部屋にひとりでいてキツくなるくらいなら、俺のところにいろ。俺としてもひとりより気が紛れるから助かる」
「…ライル兄らしくないですね、弱みを見せるなんて」
「はは、弱みか。弱み、ねぇ…」

弱みか、ともう一度呟いて、再び煙草に手を伸ばした。ここにきて大分本数も減っていたのに、今夜ばかりは吸いたくてたまらなかった。「トレミー内は禁煙ですよ」とノエルが眉を顰めて進言してくるが、一本だけ・と火を点けた。ノエルもそれ以上は何も言わなかった。シーツから出た素足が寒かったのだろう。姿勢を丸めてこちらに寄り添ってきた。煙草をもっていない方の腕で彼女をシーツごと抱き寄せる。彼女もそれを拒まない。この関係に名前などない。傷の舐め合い、隙間を埋めるだけの行為だ。長く続くかどうか、二度目があるかすらわからない。
それでも確かに今の自分たちには必要だったし、きっとこの秘め事は墓場までもっていく。

「…あったけぇな、ノエルは」

ぎゅっとその小さな身体を抱きしめれば、恐る恐る細い腕が背に回ってくる。ライル兄もあったかいですよ、と、シーツの中から小さな声が聞こえた(このぬくもりを、俺たちは求めていた)。


END
(20240218)


back