数年後にはじまる武力による戦争行為の根絶を目的としたCBの戦い。さしずめ、今はその準備期間とでもいうのか。CBのガンダムマイスターにスカウトされ、この秘密組織に入ってから数ヶ月。本名も身の上も全く知らないもの同士がコードネームで呼び合い、当たり障りのない交流をすることにも少しずつ慣れてきた。仲間ではあるが、個人の領域に踏み込んではいけない。そのぎりぎりのボーダーラインを見極めるのも、ここで生き残るためには必要なことなのだ。
アレルヤは自身の愛機キュリオスのOSチェックを終え、コックピットから降りる。この機体を操り飛び回ることになるのは今ではなくもっと先。けれど連日の訓練と定期的に行われるテスト飛行のためほぼ毎日OSのチェックはしていた。本来ならメカニックの人間に任せておけばそれでいいのだけれど、自分の命を預ける機体だ。出来る限りキュリオスのことは知っておきたい。
…正直、戦うことは好きじゃない。けれどガンダムマイスターである自分はいつか必ずこれに乗って人を殺めることになるのだ。必ず来るその日よ来るな・と思ってしまう自分は、ガンダムマイスターとしてふさわしくないのかもしれない。
そんなことを思いながら、アレルヤは深く息を吐く。今日はもうあがりだ。ゆっくりシャワーでも浴びて眠ろう・と自室に戻ろうとしたときだった。
あの、と控え目な声が聞こえた。反射的に振り返れば、自分よりもずっと背の低い女性がそこに立っていて。彼女は一瞬ビクリと身体を震わせたが、すぐにそれを打ち消して真っ直ぐと自分を見上げてくる。確か彼女は、CBの栄養管理者として採用されたクルーのひとりだった、気がする。同じガンダムマイスターのひとりと行動を共にしているのをよく見かけるから、ずっと兄妹だと思っていたが実はそうではないらしい。
「あの…甘いもの、大丈夫ですか?」
まだぎこちない英語でそう聞いてくる彼女に、嫌いじゃないよ・と答えれば、彼女は良かった!と、はにかんだ笑顔を浮かべた(不覚にも心臓が跳ね上がった)。そして彼女は両手で抱えていたバスケットをアレルヤの方に差出し言った。
「甘いもの、疲れたときに摂るといいんです」
だからどうぞ・と渡されたのは透明のナイロンに包まれたクッキー。思わずそれを受け取ったアレルヤは、努めてゆっくり言葉を紡いだ。
「これ、君が作ったの?」
「はい。みんな忙しくて疲れてる、みたいだったから」
いっぱいあるから欲しいときは言ってくださいね、と笑って、彼女はそのまま一礼してアレルヤに背を向けた。残りのクッキーを他のメンバーに配りに行くつもりなのだろう。突然のことに呆然としていたアレルヤだったが、手の中にあるクッキーに気づいて、待って!と声を上げた。その声に反応して振り向いた彼女に、アレルヤは表情を和らげて笑い掛ける。
「これ、ありがとう。えっと、君…は?」
首を傾げながらたずねるアレルヤに、彼女は身体をきちんと彼の方向に向き直して笑う。
「ノエル、です。あなたは?」
「アレルヤ。アレルヤ・ハプティズム。よろしくね、ノエル」
はにかんだ笑みを浮かべて「こちらこそ」と頷いたノエルを見送りながら、いつかちゃんと彼女と話してみたいな・なんてぼんやり思う。今度、貰ったクッキーのお返しをしなくては。何が一番喜んでもらえるのだろう。
こうやって他人のために何かを考えたりしたりすることなど本当に久しぶりのことで。けれどそれに気づくのはもう少し先。そして、彼女への特別な想いに気づくのも、もっともっと、先。
END
(20080429)