彼方なる火をつけて



ノエルはアイルランド出身だ。アイルランドは年間通して比較的涼しい気候だそうで、実際冬の寒さもそこまで厳しいものではない。だからなのか、他の土地での“寒い日”はノエルにとって極寒だったりする。当然夏の“暑い日”はノエルにとって酷暑にあたり、ひどく辛い。涼しさに慣れていた分、どちらかといえば暑い気候の方がノエルは弱いかもしれないと思ってしまう。

「アイルランドって僕のイメージじゃ冬はすごく寒いと思ってたけど…」
「そうでもないんだよ。氷点下になることも滅多にないし、けど冬はあんまり日が照らないから寒いってイメージがあるのかもね」

隣のロンドンの方が実はずっと寒いのよ・と付け足せば、アレルヤは興味深そうに頷いた。アレルヤはロシア系中国人だと聞いた。ロシアはとても寒い国。彼はロシアにいた記憶はないというが、人種的には寒さに強いのかもしれない。それなのに、今の自分達の状況は少し違和感を感じる。今日はニュースで大寒波がおとずれるといっていた。確かに寒い。先ほどまで外に出ていたが雪も降っていたし、出来るならもう家から出たくないと思わせるほどに、寒い。当然帰宅しても誰もいなかった部屋はひどく冷えきっていたし、こういう日は空調が効くまで時間もかかるしその間とてもつらかったりする。それを何気なくアレルヤに訴えれば、彼は何を思ったかノエルを寝室へと連れて行き、そのままふたりでベッドに入っている状態。寝ているわけではなく上半身を起こしてアレルヤがノエルを後ろから抱きしめる形になっている。…何故、ベッド?

「あの、アレルヤ?なんでベッドなの?」
「ベッドにいたらあたたかくなるかなぁって」
「で、何をしようとしてるの?」
「さっき買ってきたケーキ。もうここで食べようかなって」

帰宅直後にベッドに入ることになってしまったので、買ってきたものは袋に入ったまま全部ベッドサイドに放置されている。そこからアレルヤは買ってきたケーキの箱をあけて、付属されていたプラスチックのフォークでそれを突き刺した。「はい、あーん」と当たり前のように差し出されたら、口をあけてそれを食べる以外選択肢はない。仕方なくそれを受けてクリームの乗ったそれを食べれば、「美味しい?」と彼は満面の笑みを浮かべて聞いてくる。…ベッドの中で何かを食べるなんてはじめてだ。というか、ベッドで食事をするなんてノエルには考えられないこと。

「アレルヤ。ベッドって何をする場所?」
「何をする…?………セッ」
「そうじゃなくて!…食事するところじゃない、て私は言いたいの」

そう言ったものの今度はアレルヤが自分の口にケーキを運ぶ。たまには良いと思うけど・と彼は言うが、もし食べているものを落としたりしたらどうするつもりだろう。シーツは汚れるし、寝るとき不衛生ではないか。…自分が神経質なんだろうか。

「じゃあこうしましょう。今までのはなかったことにして、部屋もあたたまってきたし、そろそろベッドから出てちゃんと机で食べるの。紅茶も入れるし、クッキーもつける。それでいい?」

ノエルとしては手洗いとうがいもまだなのでそれも早く済ましたい。ケーキを食べてしまった時点でもう無意味かもしれないが。アレルヤの返事を待たずにベッドから抜け出そうとするが、何故か手を掴まれてそれを阻まれた。振り返れば今度はアレルヤが「じゃあこうしよう」と言う。

「ケーキを食べるのは中断。本来ベッドですることをして身体をあたためる」
「…拒否権は?」
「残念ながら、君にはない」

ごめんね・と笑って言うアレルヤは、全然反省なんかしていないようだ。再びベッドに引きずり込まれキスをされるときに、アレルヤが空調をリモコンで弄っているのを見た。ピッ、という音とともにあたたかく吹き込んできていた風の勢いがおさまる。…空調すら暑いと思ってしまうようなことをしようとしているのを、嫌でも悟らされた。


END
(20090127)





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