右腕は甘い味



「パパ、おかえりなさい!」

玄関で自分を見上げながら満面の笑みで迎えてくれたマリアを抱き上げて「ただいま」と彼女の白い額にキスを落とす。ああ可愛い、本当に可愛い。くすぐったそうに身をよじるマリアが落ちないようにしっかり抱きかかえて部屋へと向かう。いつも帰宅すれば家族の誰かが迎えてくれる。ノエルとマリアがセットということが一番多いのだが(ルカはノエルに抱っこされていない限り絶対出てこない。何故だ)、今日はマリアひとりだった。
ノエル、手が離せないことでもしてるのかな?なんて思いつつダイニングへ入れば、夕食の香りに混じって甘いそれが漂ってきた。よくよく思えば抱き上げているマリアの身体からも甘いにおいがする。首を傾げながらノエルを待てば、「お帰りなさい」とエプロン姿の彼女が顔を出した。

「ただいま。これ、何のにおい?すごく甘そうだけど」
「バレンタインだよ!」

質問に答えてくれたのはマリアだった。ニコニコと言い切ったと思えば、降ろすようにせがむのでゆっくり床へと立たせてやる。そしてソファの前に置かれた机からなにやら持ってこちらにやってきた。「はいっ!」と小さな両手で差し出された箱を受け取る。それが何なのか予想することは容易い。

「マリアが作ってくれたの?」
「ママといっしょにつくったの。ルっくんもおいしいって!」

そういえばさっきから姿が見えないと思っていたルカは大人しくソファに座ってチョコレートを黙々を食べていた。手と口のまわりがチョコレートだらけだ。…後でお風呂にいれてやらないと。マリアにお礼を言ってルカの方へ行き、「ルカもお姉ちゃんに貰ったの?」と尋ねながら頭を撫でようとしたら、くるっと背中を向けられた。…誰も取らないよ、なんでそんなに僕を警戒するの?!
かるく凹みながら溜息を吐けば、クスクスとノエルが笑っている。笑い事じゃないよ、可愛い息子に警戒されるなんて将来が心配だよ。変に反抗し始めたらどうしよう、まさか僕とノエルの子に限ってそれはないと思うけど!なんて悶々と考えてしまった。

「私からは夕食が終わってから渡すね。…ルカ、あれだけチョコ食べちゃったからごはん食べれない気がする。夕食の後でって言ったんだけど聞かなくて」

マリアと違って好き嫌いのないルカは食事に関してはすごく扱いやすい。だが好きなものに対する執着心はものすごいので、そこはマリアとは別の意味で苦労している。「渡すタイミングを間違っちゃった」とノエルが困ったように言うので、「僕にまかせて!」と先ほどのリベンジをすべく再び彼の元へ。

「ルカ。ママの作ったごはん食べられなくなっちゃうから、チョコは後で食べよう?」
「…や」
「や、じゃなくて…。あ、ほら!チョコレートよりごはんの方がもっと美味しいと思うなー?」

なんとかルカの気をチョコレートから逸らそうとして深く考えずに言った言葉だったが、それをマリアはしっかり聞きとめていた。

「マリアのチョコ、おいしくないの?」

アレルヤの言葉を聞いた途端、マリアは眉をハの字にして泣きの体勢に入る。やばい!と思った瞬間マリアが号泣。アレルヤより先にノエルが反応して彼女を抱き上げて宥め始める。…夕食どころの騒ぎじゃなくなってしまった。
途方に暮れるアレルヤの右腕に、軽くパシッという感覚が走る。視線をそちらに向ければルカがアレルヤの腕を小さな手で叩いていた。

「おねえちゃんいじめたらだめ!」

怒られた。舐めつけるようにこちらを見上げているルカ。口をぎゅっと噤んで抗議の目を向けてきている。…可愛い!思わずそう思ってしまったが、それよりも白いワイシャツの腕にべっとりついたチョコレートに血の気が引く。
そうだね、ルカの手はチョコレートまみれだったもんね。ノエルからのチョコレートはちゃんと今日中に貰えるのか。考えると途方もなくなるので今はまず汚れたルカの手を拭いてやることからはじめることにした。


END


「ルッくん。ほら、ちゃんと手出して」
「パパはおねえちゃんいじめるからやだ」

(20090130)





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