
全てによる祝福を
仕事から帰宅したアレルヤを迎えたのは、ふたりで住むには狭すぎず広すぎない、ちょうど良い広さのリビングの机に並べられた料理の数々。そして、何故か椅子に座ったままずーんという効果音が似合うくらい落ち込んでいるノエルだった。豪華な料理に落ち込んだノエル。キッチンからは何故か焦げ臭いような、なんともいえないにおいが漂ってきている。換気扇を最大にして窓も開けているようだが、まだ完全に換気できていないらしい。とにもかくにもその図はあまりにもアンバランスで、どういう経緯からこのような状況になったのか予想し難いものだった。
「えっと、ノエル?どうしたの?」
「…お仕事お疲れ様です、アレルヤ」
自分の問いに応じたものではないが、労いの言葉をかけられたことに対してアレルヤは素直に礼を言う。夜勤から続けて日勤だったため(かなりハードだったが昔から体力には自信があるので少し睡眠をとれば多分平気だ)、家に帰るのは丸一日ぶり。自分がいない間に一体何があったのだろうか。
「ケーキ、ケーキ作ろうとしたの。そしたらオーブンが急に動かなくなって、頑張って直して焼いてみたけどやっぱり駄目で、一回直ったと思って焼こうとしたときにケーキ焼けるどころか生地が爆発しちゃってキッチンが大変なことになっちゃって、オーブンもやっぱり壊れちゃって…!」
頭を抱えて堰を切ったように半泣き状態で言い続けるノエルに、なんとなくこの状況がどのようにして生み出されたのかを悟ったアレルヤは小さく苦笑した。料理を作り終えた後、ケーキを焼こうとした結果このような状況になってしまったのだろう。ノエルの料理の腕は確かだ。それなのに失敗するということは、それはひとえにノエルの責任ではなく、オーブンがタイミング悪く壊れてしまったことが原因だろう。
「そんなに落ち込む必要はないよ。オーブンは買い替え時だったんだろうし、キッチンだって掃除したら大丈夫だろ?」
よしよしとノエルの頭を撫でつつ、着たままだったコートを脱ぐ。瞬間、でも!と顔を上げたノエルの勢いに少しびっくりした。
「誕生日には絶対ケーキがないと!ケーキがない誕生日なんて誕生日じゃないよ!」
一瞬が何を言っているのか理解出来なかった。誕生日にはケーキという発想は分からないでもないが、何故それが今日なんだ?それを思ったとき、そういえば朝方アイルランドにいるロックオン達からメールが来ていたのを思い出した。夜勤明けだったので少し意識がぼやけていたし、あまり時間もなかったのでしっかり読めなかったが(帰ってからゆっくり読んで返事をしようと思ってた)、誕生日がどうこう書いていた気がする。誕生日?ともう一度頭の中でその単語を反芻したとき、今日が何月何日か思い出す。
「もしかして、僕の誕生日?」
「忘れてたの!?」
ケーキのことを言っていたときと同じくらいの勢いで自分の方を見上げてきたノエルに、アレルヤは一瞬たじろいだ。彼女にこんな勢いがあったなんて知らなかったよハレルヤ。最近カレンダーを確認する暇もなかったし、仕事と勉強に没頭し過ぎていた。そういえばこの数日ノエルの機嫌が良かった気がする。もしかしてずっと自分の誕生日のためにこのご馳走とケーキを計画していたのかと思うと、彼女の落ち込みようも何となく理解出来た。そんなに気にしなくていいのにね、ハレルヤ。
「ロックオン達が朝メールくれてたの、さっき思い出したよ」
「自分の誕生日くらい覚えててよ、寂しいよ?」
「そうだね。でもノエル達が覚えていてくれてるから、寂しくないよ」
自分の誕生日は忘れても、ノエルの誕生日は絶対忘れないし・と笑うアレルヤに、ノエルは少し頬を膨らませた。そんな問題じゃないのにと少し拗ねたノエルに、ごめんごめんとアレルヤは軽く謝る。そして、彼女の前に並べられている料理の数々に視線を移した。
「ケーキは焼けなかったかもしれないけど、これだけ料理作ってくれたんだから嬉しいよ。ありがとう」
「でも誕生日には絶対ケーキがないと!じゃないと失礼だって…」
「それ、誰から聞いたの?」
「小さい頃ニール兄が言ってたよ。誕生日にケーキっていうのは世界の常識だ!って」
「うん。それはきっとロックオンの常識であって世界の常識じゃないから安心して。ケーキがないからって失礼になんてならないよ」
そういえば、ロックオンから送られてきていたメールにもケーキの絵文字やらが大量に使われていた気がする。きっとは小さい頃からロックオンに『誕生日=ケーキ』という法則を植えつけられていたのだろう。ならばノエルの落ち込みようも理解出来る。
「それにね、ノエル。僕はケーキがなくても、誰かに誕生日を祝って貰えるだけで幸せだよ」
ありがとうと、もう一度彼女の緑色の瞳を覗きながら言えば、ようやくノエルに笑みが戻った。どういたしましての言葉と共に、何か欲しいものある?と聞いてくる。特にないよと答えても彼女が満足しないのは目に見えて分かるから、そうだな…と少し考えるそぶりをする。ちらりと、キッチンの方に自然と視線が流れた。
「明日仕事が休みだから、少し買い物に付き合ってくれる?」
「勿論だよ。何が欲しいの?」
期待に満ち溢れた瞳を向けて活き活きと問うてくるノエルに、アレルヤは小さく笑う。そして声をほんの少しだけ潜ませて言った。
「新しいオーブン、かな?」
END
「オーブン?だってあれは私が壊しちゃっただけなのに」
「だってオーブンがないと、ノエルが作る料理のバリエーションが減っちゃうでしょ?それは僕の楽しみが減るのと同じことだから、ね?
(20080227)