He gives the love.



オメガが星に還り数日、ミッドガルに最も近い街・エッジには未だ大きな爪痕が残る。ミッドガルの街から風とともに響く悲鳴は消えても、そこに住まう者たちの悲しみは消えない。それでも少しずつ街は日常を取り戻し、店も開いて、通りは人で賑わっていた。


セブンスヘブンもそのひとつで、ティファはミッドガル侵攻の翌日にはもう店を再開していた。今回の件はほとんどをヴィンセントが1人で片付けてしまったので、ティファもクラウドもセフィロスを相手取ったあの日と比べれば傷はほとんどないに等しい。まだ日の高いうちからカフェとして開いているその店の窓側の隅には、この戦いでヴィンセントと同じように戦ったひとりの少女が腰掛けている。


シャリン、と音がして店の扉が開く。ティファがそちらへ視線を向けると、そこに立っていたのはよく知る影で。いらっしゃい、と声をかけると、こんにちは、と返す慣れ親しんだ声。


「シェルク、お待たせ」
「ユリア…」
「ユリア、シェルクと待ち合わせてたの?」
「うん、いっしょにお買い物に行こうって約束したの、ね?」
「…わたしは特にほしいものなどないのですが…」


シェルクは戸惑って助けを求めるようにティファを見ていた。
ティファは、そのシェルクの戸惑いの中に、様々な複雑な感情が渦巻いているのを知っていたが、何も言わずに扉を開けた。


「ずっと部屋に籠ってたらもったいないよ。行っておいで?」


シェルクが決して嫌がってそうしているわけではないことは知っている。むしろユリアの側の方が思うところは色々あるだろうけれど、ユリアは今も何も言わずに微笑っているので、ティファもあえて尋ねることはしない。——そういうことは、シェルクが寝てからでも構わないだろうし。ユリアに手を引かれて扉を出て、町の中心部へと歩いてゆく小さな影を見つめながらティファは思った。


とんとん、と音がして、2階から誰かが降りてくる。子供の軽い足音。振り返るとマリンが立っていた。


「シェルク、行っちゃったの?」
「うん、ユリアといっしょにね」
「わたしもいっしょに遊びたい!」
「ふふ、帰ってきたらお願いしてみよう?」
「うん!」


マリンの頭を撫でて、遊びに出かけるという彼女を見送って。そうして、ティファはつい先ほどまでシェルクが座っていた窓際のテーブルを見た。昼の光の差し込む明るいその場所には、彼女が食べていたパンケーキの皿と、溶けかけた氷が残る透明なグラスが残っている。


きっとここでいつも外を眺めて、待っているのだろう。彼女の大切な人が、戻ってくることを。そんな少女がどこか微笑ましい。けれど同時に思うのはやはり、彼女を連れて店を出ていった、かつての仲間のことだった。


(……ユリア)


彼女はどんな気持ちでシェルクに愛情を注ぐのだろう。










午前0時。日は沈み、明かりも消えて、魔晄のない世界には満天の星が輝いている。星空の下、エッジの片隅に建つセブンスヘブンの1階では、店じまいをするティファとその手伝いをするユリアだけが残っていた。他の皆は帰るか、2階でもう夢の中。2人だけでゆっくりと話すのはいつぶりだっただろう、もしかしたらあの旅の時以来かもしれない、なんてティファは考えていた。


「このグラス、どこだっけ?」
「左から2番目の戸棚の上の方かな?」
「…あ、あった。ありがとう」


ティファが床を掃除している間に、ユリアが手早くグラスを洗って乾かしてゆく。普段一人でしている片付けだけれど、手際のよいユリアのおかげでもうほとんど終わりそうだ。机の上に上げていた椅子を下ろして開店の準備を整えると、綺麗に磨かれたグラスが棚に綺麗に並んでいた。


「ごめんね、片付けまで手伝わせちゃって」
「いいのいいの、お給料もらってるしね」
「残業分割り増ししとくね。…カクテル1杯、どう?」
「ほんとう?うれしい、いただこうかな」


仕事の終わったカウンターで、ユリアが先ほど磨いてくれたグラスとシェイカーを出す。からんからんとシェイカーのなかで氷がぶつかる音が響く間、ユリアはそれを面白げに見ていた。ティファは中身をグラスに注いで、ライムとストローを添えて差し出す。ユリアはそれをじっと眺めている。


「カクテルって面白いよね。スピラではあまり見たことがなかったから、すごく新鮮」
「ユリア、普段ストレートでしかお酒飲まないもんね…」
「ほかに選択肢があるって知らなかったから…あまり普段はお酒飲まないし…あ、甘い」
「アルコール度数はそんなに低くないから気をつけてね?」
「それ、わたしにアルコール効かないって知ってて言ってる?」
「…いわれてみれば」


そう会話をしながら、ティファも自分の飲むカクテルとおつまみを手早く用意する。準備ができると、そっと息を吐いた。


「お疲れ様。今夜は人も多くて大変だったね」
「うん、ありがとう。普段はもう少し楽なんだけどな…ユリアがいてくれて、よかった」
「力になれたならなにより」


ちびちびとストローでカクテルを飲みながら、どこか懐かしい気分に浸る。自然と二人の間には会話が絶えることはなく、この3年のことや1年前のこと、色々なことを話しているとあっという間に時間は過ぎてゆく。


時間が2時を回ったころ、ティファはノンアルコールカクテルを、ユリアは3杯目のカクテルを飲んでいた。ガタン、と外で音がして、しばらくして扉が開かれる。ティファは立ち上がって彼を迎え入れた。


「クラウド、おかえり。どうだった?」
「…いや、まだ…」
「…そっか。疲れたよね?上で休んでていいよ」
「…ああ。ユリアと話していたのか。ゆっくりしていってくれ」
「うん。…その、ありがとう」


3年前クラウドとユリアの間にあった微妙な空気もいまはもうない。クラウドが連日外出している理由を知っているユリアが微笑んで礼を言うのに、クラウドも笑って答えると、2階へと消えて行った。ユリアはそれを静かに見守っている。


「見とれちゃった?」
「…ティファ、エアリスみたいなこというね」
「ごめんごめん、冗談」


ユリアは拗ねたような表情を浮かべる。彼女に同じことを言った、今はもういない女性のことを思い出しても、もうティファの胸は痛まない。少しずつ過去の大切なものが思い出になってゆく。それはきっと、ユリアにとっても。


「…ヴィンセント、どこに行っちゃったんだろうね?」
「…さあ、どうだろう」


思いきってティファがその話をふると、ユリアは彼女が想像していたより表情を変えなくて。優しい、シェルクに向けていた時と同じ笑顔を、静かに浮かべている。


「ユリアは…探さないの?」
「…うん、探さない」
「…」
「…あの、ね。言ったんだ、最後に、会った時に」
「…最後って、オメガの中で…?」
「うん。そう。わたしはもう、あなたを探すのを…やめるって…」


ユリアがあまりに表情を変えないので、ティファはそれがどういう気持ちで発される言葉なのかわからない。


「…ユリアは、それでいいの?」
「…うん。わたし、ヴィンセントの1番大切な人にはなれなかった…旅の間はそれでもいいと思ってたけど…やっぱり、むずかしかったね」
「…そっ、か」
「クラウドは、ティファを大切にしてる…すごく、伝わってくるよ」
「…うん」
「わたしもね、わたしを…大切にしてくれる人がいるの。たったひとりに固執しなければ…ちゃんと周りを見れば、わたしを大切にしてくれる人が、ちゃんといる…」
「…それって、」


ユリアは人差し指を唇に当てた。
あの時、オメガとカオスが光に溶けて、空から降り注ぐ中で、ユリアをそっと抱きとめていた男が誰だったのか、ティファは覚えている。その瞳が優しく細められて、腕の中にいた彼女を見つめていたことを知っている。それはすごく意外なことのように見えて——けれど、彼が彼女の隣にいればきっと幸せなのに、そう思ったことも覚えている。それは彼の一方通行なのだと、そう思っていたけれど。


「わたし、ちゃんと好きだよ。リーブのこと。これは本当」
「…そっか」
「ヴィンセントのことを簡単に忘れられるわけじゃあないけど。リーブのこと、大切にしたいし…応えたいって思ってるのも本当…」


ユリアの声には、彼女がかつてヴィンセントに向けていたのと同じ愛しさが込められている。ティファは、決して届かない思いを、抱き続けることの辛さを知っている。


「シェルクの、ことは…?」
「…シェルク、ずっと一人だったんでしょう?ヴィンセントが戻るまでずっと一人には…させられないよ。ひとりは…さびしいから」


彼女は決して、彼女を愛しながら、どこまでも彼女を一人にする男への恨みを吐き出したりしない。それは、この3年の間もずっとそうだったし、今も変わらない。一人でいることの苦しさを誰よりもしる彼女は、それを怒りではなくて、同じように一人でいるだれかへの愛情へ変えてしまう。どこかでそれが壊れてしまわないか、ティファはそれが心配だった。


「…リーブには、愚痴とか…苦しいこととか、話せてるの?」
「…実は、さ。ミッドガル侵攻前に…一度、」


ユリアはそこで一度言葉を止めた。ためらうように唇が動いて、ため息をつく。カクテルを一口飲んで、ティファの方を見て少し困った風に笑った。


「…夜を…過ごしたんだよね…」
「…ユリア、」
「ヴィンセントには…ううん、みんなにはナイショだよ?」
「う、うん…」


責めたり、怒ったりできるわけがない。ティファはユリアがどれだけ苦しんでいたのかも、ヴィンセントがそれを知っていても蔑ろにしていたことも知っているし、そもそも、ふたりの関係にティファは直接関係があるわけでは、ないし。ただ、そこまで追い詰められていたユリアにずっと、リーブ以外の誰も手を差し伸べてこなかった、それが悲しかった。


「…ユリアが幸せになれることが一番大事だから、きっとそういう選択もアリだと思う。わたし、応援してるから」
「…ありがとう」


正しいことではないのかもしれない。
けれど、こんな悲しみと理不尽に満ちた世界で、そんな正しさにどれだけの意味があるだろう。


ただ幸せを祈る。それだけが、ティファにできる唯一だった。