She said yes.
昼間のエッジの街はたくさんの人で賑わっている。
二人は人混みに紛れるようにその街の片隅を歩いていた。
「エッジはいつきても賑やかだね」
「そうですね。何よりです」
「ここ、右だっけ?」
「いえ、この次を左ですね」
「…なるほど」
目的地である小さな店はどこかの小さな路地を曲がった先にある。道を覚えるのがあまり得意ではないユリアはキョロキョロと辺りを見渡すが、リーブはそれに苦笑しながら迷いなく歩みを進めた。
「次の路地」を左に曲がってしばらくまっすぐ進むと、小さな看板が見える。それにユリアは少しだけ緊張したように身を固める。扉を開くと、スーツを来た店員に迎えられる。
「いらっしゃいませ。…ああ、リーブ様。ご用意できております」
「ええ、どうもありがとうございます」
こちらを、と店員が小さな紙袋を差し出し、リーブは微笑んで受け取る。ユリアはそれをじっと見つめていた。紙袋の中に入っているものは今日、彼女のものになる。緊張と、少しの不安。来た時と同じ道を、少し俯きがちに歩く。ふいに、握っていた手に力が籠るのを感じて顔を上げた。
「…ユリア」
「…うん」
リーブが笑うので、ユリアも同じように笑い返す。
――ちゃんと笑えていたかどうかは、わからないけれど。
その日の夜はエッジ中心部のホテルに泊まることになっていた。ホテルのレストランで夕食を取り、部屋に戻った。テーブルの上には先ほど受け取った紙袋が置かれている。ユリアはどうすればいいのかわからず、窓のカーテンを開いた。ミッドガルは夜でも賑やかだった。その街に住んでいた人がそのまま移り住むこのエッジの街も、月明かりのしたで未だ多くの人が街を行き交っている。
パーティ帰りなのかドレスを着た女性、帰宅途中のスーツ姿の男性、広場で口づけを交わすカップルたち。世界は平穏を取り戻し、誰もが日常とそこにある幸せを謳歌している。
――神羅なき世界でそれを守ってきた男が、今隣に立っている。
「エッジは夜も賑やかですね」
「…うん、リーブの、おかげだね」
「わたしがやったことは…いえ、わたしにできることはほんのわずかですよ。エッジに住まうみなさんのおかげです」
リーブはこうして街を眺めている時どこまでも穏やかに笑っているから、ユリアはそれを見るのが好きだった。街を、そこに住う人々をどこまでも大切に思っているこの男が誇らしくさえある。
そして、だからこそ、こうして自分のような存在が隣にいていいのだろうかと、そう思い悩んでしまうのだけれど。
「…不安、ですか?」
「え?」
「…ずっと、浮かない顔をしていますよ」
「…ご、ごめんなさい…」
「何か、思い悩むことがあるのなら聞かせてください。そうでなければ」
あの箱の中身をお渡しできないでしょう?
リーブのその言葉にどきりと心臓が嫌なふうに鳴った。
「…わたしなんかで、いいのかなって」
ユリアは窓の外から視線を外さずにそう言った。
リーブは隣に立って、そんなユリアを静かに見ている。
「…わたしは誰も守れなかった。結局…4年前も、去年も」
「それは私も同じです…」
「違う、リーブは…守ってる…この世界を、4年間も…わたしの、ことだって…」
3年館苦しみ続けたユリアを救ったのは結局、彼女が4年前に愛した男ではない。隣にいるこの男だ。忘れられなくて苦しんだ時も、いつも必要な時に必要なだけ、愛情を分けてくれる人。愛していると、ユリアの涙が止まるまで、何度でも囁いてくれる人。どれだけ忙しくても、本当に必要な時にはいつだって駆けつけてくれる。
「私は…あなたが思うほど聖人ではありません。7番街のプレートが落ちたときも何もできませんでしたし、4年前はずっとあなたたちの情報を神羅へ流していました…」
「…でも、」
「許されない罪を抱えているのも、守れないものがたくさんあるのも、全て同じです。だからいっしょに背負ってほしいと…そう思っているのですが」
「…リーブ」
この世界には大きな重力があって、それが有る限りひとりで自由に羽ばたくことは到底できそうにない。それどころか、背中に積もる荷物はどんどん増えてゆくので、いつだってふたりには死の気配が漂っている。だから、一人で生きるにはあまりに、重い。
「…わたしはあなたと一緒に老いることさえ、できないのに?」
それは、ユリアが一番気にしていることに違いなかった。
この世界に在る限り決して老いることも死ぬこともない。召喚獣かモンスターのように、いつも同じ姿でただ此処に在る。リーブは少しずつ老いて、いずれはライフストリームの流れに消えてゆくだろう。
「ユリアは、それが嫌ですか?」
「…わたしが嫌なんじゃなくて、リーブが…」
「…私もいずれあなたを置いて逝かなければならないのはとても…悲しいです。できるなら共に死にたいと思っています」
ユリアはリーブの方を振り返った。リーブの瞳が、夜の闇を写して暗く光っている。
共に死にたい。そんなことを言われたユリアは驚いて固まる。ユリアは死ねない自分を、老いない自分を気持ち悪いと、そう感じている。リーブはただそれを悲しいと、そう言った。
「…気持ち悪く、ない?」
「いえ、全く。ただ、それが叶わないなら、生きている限りあなたの…そばにいたいと…」
「…いいの?」
「そうでなければ『あの夜』だって…今だって、こうして隣にいません」
ただふたりでいるという、それだけのことが酷く難しいことに感じていた。
けれど、問題はもっと単純で、きっと、あとほんの少しユリアが自分を好きになれれば、それで十分なのかもしれなかった。
「…私も不安なんです。私が一人老いて、体力もなくなって、頭の回転も衰えてしまっても、あなたはいつまでも若く美しいまま…きっと他に素敵な男性があなたを愛することだってあるでしょう」
「そんな、」
「あなたがどれだけ素敵な女性なのかは…私が一番よく知っています。ずっと見てきましたから」
「…わからない、けど、わたしはあなた以外の人を愛するつもりはないよ…わたしがこんなことを言ったって説得力はないかもしれない、けど…」
「…いえ、信じています。それに私も…渡すつもりはありませんしね」
「リーブ、」
「それでも、私がいつかあなたを置いて逝ってしまうことは変わらない…ユリアは本当にそれでいいですか?」
――『彼』ならば、同じ不老不死の肉体を持つあの男ならば、ユリアを一人残して逝くことは決してないのに。リーブの言葉にそんな意味が込められていることはユリアにもわかった。もう、過去の話だ。ユリアには再び彼を愛する未来はどうしても想像できなかった。
「わたしは…あなたがいいって思ってる…あなたがくれた愛情を…あなたの一生をかけて返したい」
「…それなら私の隣にいるしかありませんね」
「…うん」
それは何よりも強い愛情の表明だった。リーブは嬉しそうに笑って、テーブルにあった紙袋から小さな箱を取り出し、再び窓際に戻る。もう、ユリアの表情に不安はなかった。
跪いて、小さな箱を開く。窓辺から差し込む月の光が、中から現れたダイアモンドを照らし、反射して瞳に届く。
「私と、結婚していただけますか?ユリア」
「…はい」
そうしてユリアは、右手の薬指に永遠の契約を結ぶ。
この指輪がある限り、いつもより少しだけ自分を愛せるような、そんな気がした。