Call my name.



1000の武装した兵は圧倒的な力を持つ1人に敵うことはない。ユリアの力はそういった類のものであって、それが英雄として称えられる一方で強すぎる力が恐怖の対象でもある。


ユリアはそれを理解していた――彼女の世界には決して人の手ではどうすることもできない『シン』が存在していたし、ユリアのうちに眠る力はそのために生み出されたものだから。そう何度も発動できる能力ではないにしても、それが人の目にはどれだけ恐ろしいものに見えるのかはわかっている。


「…あ、ユリア、さん…おつかれさまです…」
「…ありがとうございます」


すれ違う職員が頭を下げるので、ユリアは淡々とそう返して歩き去ると、後ろからはひそひそと話し声が聞こえる。――せめてもう少し離れてから話してもらえたら、内容までは聞き取れないのに。ユリアはそう思ったけれど口には出さなかった。


不老不死の化け物だとか、呪われているだとか。
そんな話を今更聞いてどうということもない。


(――そんなの、わたしが一番知ってる)


局長のいる執務室を訪れて、任務終了の報告書を提出してしまえば、今日の仕事はもう終わりだから。少し遅くなってしまったけどリーブはまだいるだろうか。ユリアはなるべく先ほどのことは考えないようにしながら本部の中を歩き続けた。


本部の奥にある重厚な扉を開くと、そこにはいつも通り男の姿がある。ユリアはどんな任務の帰りでもそれにどうしようもなく安心感を覚える。扉の開く気配に顔を上げた男も、ユリアの姿を見ていつものように頬を緩めた。


「ユリア、お疲れ様です」
「うん。…これ」
「どうもありがとうございます。怪我などは大丈夫ですか?」
「大丈夫、そう大変でもなかったし」
「それはよかったです。ちょっと待ってくださいね」


小さな記憶媒体にはその日彼女が殲滅した組織の集めていた情報が記録されている。機械の扱いに慣れない彼女はそれを物理的に運ぶところまでが仕事だった。中身を開いて問題がないことを確認しているらしいリーブはそれが終われば一緒に帰れるだろうか、と考えながらユリアは静かにその様子を眺めていた。


「大丈夫そうですね、明日には分析をしてもらうことになると思います。大変助かりました」
「よかった。仕事、終わり?」
「ええ。もともとユリアの帰りを待っていただけですから…」
「部屋で…待っててくれてよかったのに」
「いえ、ユリアを働かせて一人帰るなんて私にはできませんよ。行きましょう?」


リーブはどこまでもユリアに甘くて、優しい。それがユリアには嬉しくて、少しだけ胸に痛い。そんなふうに愛情を向けられるほどの存在だと、自信を持っていうことができなかったから。


「…今日は、何か嫌なことでも?」
「っえ?」
「いえ、ユリア、どこか元気がなさそうなので…」
「そんなこと、ないよ。いつも通り」
「…それなら、いいのですが…」


大切な人は皆、どうしてこうも敏感に人の痛みに気づくのだろう。ユリアは思う。
笑顔を作ると余計心配させるのだとわかっている。それでも、なんということのない表情を取り繕って、話すつもりはないと暗に伝えればリーブはそれ以上は踏み込まない。きっともっと追い詰められていれば無理にでも心に踏み込もうとするだろうけれど、そこまで落ち込んでいるわけでもないというのは伝わっているだろう。結局ふたりは無関係な、とりとめもない話をしながら退勤して、食事をとると、リーブの部屋を訪れた。


「泊まっていってもいい?」
「ええ、もちろん」


ユリアの問いに、リーブは穏やかにそう返した。


食事をしていても、部屋でくつろいでいても時折向けられる気遣わしげな視線がユリアに痛いくらいに感じられる。まだ自分は落ち込んでいるのだなと、ユリアは他人事のように思う。


「…ね、リーブ」
「はい、なんでしょう」
「抱きしめていい?」


ユリアの言葉にリーブは何も言わずにユリアを抱き寄せた。二人並んで座っていたソファが小さく軋む。ふわりとリーブの香りが鼻をかすめて、ユリアは安心したように瞳を閉じて、自分の腕もリーブの背中に回した。


「そういったことに毎度許可を取る必要はありませんよ、ユリア」
「…うん」


耳元で、その低い優しい声で名前を呼ばれるのが好きなのだと、リーブは知っているのだろうか。ユリアはぐりぐりと押し付けるようにリーブの胸に顔を寄せた。リーブはそんなユリアの後頭部を、髪を梳かすように撫でた。


「…それ、好き」
「…これ、ですか?」
「うん、それ」


髪を撫でられるのは安心する。リーブの手は、暖かいから。


今日のことを話すつもりは、やはりユリアには毛頭ない。
どうしようもないことで、話したところで解決するものでもない。ただ、こうして抱きしめられていれば、それはとても些細なことのように思えるのも事実だった。


「…すき」
「…私もすき、ですよ」
「ほんとに?」
「今更疑いますか?」


甘えるようにそう尋ねれば、悪戯っぽく笑うリーブと目が合った。


「…ううん、疑わない」
「それはよかったです」


あなたに触れる全身から愛情を受け取っているから、疑ったことなんて一度もないよ。
心の中でそう、呟く。


「…リーブ、」
「なんですか?」
「キス、してもいい?」
「…それも、毎度許可を取らなくていいんですよ」


唇が触れて、少し離れる。また、啄むように触れられて。
そうしてしばらく交わす口付けが終われば、きっとリーブはユリアが望むものをくれるだろう。