The most wonderful things are those we can only dream of.



窓を開くと、どこからか花火の音が響いていた。それにはじめに気づいたのはユリアで、ニコニコと子どものように笑ってリーブの手を引いた。彼女がもともといた場所にもあったという花火は、この世界では復興の証として毎年1月21日の夜、多くの街で打ち上げられている。


「ねえ、どこからだろう?」
「どこでしょうね…私も花火には直接関わらなかったので…」
「探しに行こう?」


いつもより幾分か明るいユリアはホテルの入り口を出て街へと繰り出した。


ジュノンの街は複雑に入り組んでいる。高い建物たちに遮られて肝心の花火は欠片も見えないけれど、ユリアはジュノンの街をスキップでも始めそうな軽さで歩いている。視線はまっすぐと空へ向けられてどこか危なっかしい彼女をリーブは心配げな表情で追いかけた。


「珍しいですね、ユリアがこんなに喜んでいるところは初めてみました」
「そうかな…?キーリカ…わたしの生まれたところではあまり娯楽もなかったし、夏に水上に上がる花火だけが毎年の楽しみだったの、懐かしいなあ。まだやってるのかな…」


元いた世界にあまりいい思い出のない彼女は、この世界へくるまでの話を自分からはあまりしてこなかった。リーブがケット・シーとして彼女と共にいた頃の記憶を探っても、初めて会った時から今までスピラと呼ばれる場所の話を聞いたことはほとんどなかった。だから、こうしてユリアがなんの屈託もない笑顔で思い出話をしているのは新鮮で、また知らなかった彼女のことを知れるのは素直に嬉しいことだった。


ジュノンの街並みは単調で、歩き続けてもあまり街並みが変わらず、また花火が見える様子もない。相変わらず音だけが通りの向こうの方から響き渡っていて——もしかしたらアンダージュノンの方で上がっているのかもしれない。リーブはそう思ってユリアに声をかけようと視線を向けた。


瞬間、リーブは思わず叫ぶ。


「ユリア!!」


咄嗟に彼女の腕を強く引いて、きつく抱きしめる。
直後、目の前を1台の車が制限速度ギリギリのスピードで通過して行った。


「…ぁ」
「危ないでしょう、前を向いて歩いてください」
「う…うん…ごめんなさい……」


まだ驚いているのか、心臓に手を当てて、硬い表情でそう返すユリア。
周囲は彼女の名と、隣に立つ男の正体に気づいてざわめいている。リーブはため息を吐いて帰りますよ、構いませんかと問いかけると、だんだんとその表情を泣きそうに歪めたユリアが頷いた。


ユリアは今思い出と現実の間にいるから、心も少しその時に返ってしまっているのかもしれない。相変わらずひゅう、どん、と花火の音は響いていたが、ふたりは音の聞こえてくる方向とは反対に向かって早足で歩き去って行った。





ばたん、と音がして扉が閉じた。窓の閉じられたホテルの部屋は静まりかえっている。


「ごめんなさい、強く言いすぎてしまいました」
「ううん…わたしこそごめんなさい…こんなことではしゃいで、子どもみたいだね…」


ホテルに戻る頃にはユリアもだいぶ落ち着いていて、申し訳なさそうな表情を浮かべている。基本的には落ち着いた性格の彼女には珍しい行為だったが、それは本人も自覚しているようで、落ち込んでいるのがリーブにも伝わってきた。振り返らずにホテルまで戻ってきてしまったけれど、よく見れば目が少しだけ赤い。


「…泣かせてしまいましたか?」
「…ううん、違うの、車に…ちょっと、びっくりしただけ」


ごめんね、ともう一度重ねて笑うユリアにリーブはそれ以上問い詰められない。本当かどうかは分からないけれど、決して本当のことは言わないだろうと思ったから。その様子を察したユリアは少し困ったように眉を下げる。


「本当に大丈夫だよ。そもそもわたしがすごく、大人気なかったし…」
「いえ、その…そんなに花火がお好きだったなら調べておけばよかったですね…」
「毎年やるんだし、また見ればいいよ。来年はいっしょに見たいな」
「そう、ですね…」


二人で微妙な表情を浮かべて、少しだけ気まずい空気があたりを包んだ。


リーブとて、共に花火が見られるチャンスを逃してしまったことは残念に思っている。
ここ最近忙しさにかまけて、復興祭の実務的な部分には関わっていても二人で花火を見ることにまで頭が回っていなかった。次回こそはと心に決めていると、ユリアが何かに気づいたようにぱっと表情を明るくする。そうだ、と呟いて、リーブの方を見た。


「花火、見よう?」
「はい?」


ユリアは小走りでベランダへと駆け寄って、大きな窓を開く。
部屋には再び花火の上がる音が響いた。薄暗い部屋を抜けて、ベランダに出ればジュノンの街は街灯で彩っている。ユリアはテラスの奥で瞳を閉じていた。


「…キーリカで見た花火をね、思い出すの…同じ音、同じ匂い……リーブといっしょに見れたら、きっと素敵」


なんのことだろう、とわけも分からずユリアを見るが、花火の音に耳を澄ませてただ静かに笑っている。いつもより少し幼い、明るい笑顔。故郷の花火のことを思い出しているのだろう。突飛な行動に、やっぱり今日はいつもより幼いな、と感じて。けれど、そんな彼女も可愛らしくて。


(……ボクも、やってみようか)


水上花火なのだと言っていた。彼女の故郷は港町だったのだろうか。
彼女の瞳の奥に描かれる世界は、リーブには共有できない。代わりに同じように瞳を閉じて、カームの復興祭で見た花火を心に描いた。


「カームの復興祭の花火は一人で見ました。今日はあなたと見られて、うれしいです」


リーブがそう穏やかに言うので、ユリアは笑ってリーブに抱きついた。
瞳の裏に映る光景は互いに違うけれど、ふたりは同じ音を聞いている。賑やかな街の声、立て続けに鳴り響く花火の音、そして、互いの鼓動。


素敵な思い出の中に、大切な人を一人添える。それは思い出をより美しく、また愛おしいものにしてくれる。


大きく花開いては消えてゆく儚い光の中で、二人は静かに寄り添っている。今日はもうこれ以上、言葉は要らない。リーブは彼女の様子を確認しようと瞳を開いて、同じようにこちらを見ているユリアと目が合った。


一際大きく花火の音が鳴り響く頃、二人の唇は静かに重なった。