An ending like this



「あの、ユリアさん」
「どうしたの?」
「…いっしょに行かないと、聞いたのですが」
「…うん。ごめんね?」
「いえ、わたしは…でも、本当にそれでよいのですか」


無表情の中、不安に揺れる声が響く。この少女はいつも、どこか臆病だ。
こんな少女に――たとえ中身が成人近いとしても――気を遣わせているというのはきまりが悪い。ユリアは内心で苦笑した。


「…これはわたしの覚悟、なの」
「覚悟…?」


――覚悟。
自分に限りない愛情を注いでくれた人へ、それを同じだけ返すための。
そう信じてもらうに足るような、態度を示すための。


ユリアの微笑みは晴れやかだった。
少女は――シェルクは、いつもヴィンセントの隣で全て受け入れるように静かに笑む彼女のことを見ていた。時には嫉妬――これはシェルク自身の感情ではなかったけれど――時には憧れをもって。姉よりはむしろ、母のように優しさを分けてくれる人。そんなユリアがこんな風に笑うところを、彼女は知らなかった。


「…ヴィンセントのこと、よろしくね」
「…はい」


よろしくね。
ユリアは行かない、と言うのだから、彼を迎えに行くのはシェルク一人の仕事だ。その言葉に頷いてから、同じ笑顔を浮かべて去ってゆくユリアを見送って思う。――その『よろしく』には、もっと深い、何かがこもっているのかもしれない。









小さく一度深呼吸をする。ユリアがパネルに触れると、静かな音を立てて扉が開いた。WRO本部の再建は急ピッチで進められている。今はまだプレハブのこの執務室は、そうとは思えないくらいに頑丈な作りをしていた。そしてその部屋の奥、広い机で一人、忙しなくキーボードを叩く男。ユリアが部屋に入ったことにも気づかずに、一心不乱に仕事に精を出している。ユリアや他の仲間たちからすればオメガが星に還り、ようやく肩の荷が下りたというところだが、責任感の強いこの男はその記録や復興計画に追われてそう休んでもいられないのだろう。


「リーブ」
「っ、ユリアさん」


気づきませんでした、と苦笑いしたリーブは、少し考えるような表情をした後にあれ、と怪訝な表情を浮かべる。


「シェルクさんはもう行ってしまったのでは?」
「うん、さっき会ってきたよ」
「…では、」
「わたしは、行かないことにしたから」
「…それは…」


リーブは何を考えたのか、申し訳なさそうな表情を浮かべるので、ユリアは微笑んだ。
――何を考えてるのかはわからないけど、たぶん、そういうことじゃあないよ。


「…勘違いしないで。わたし、ヴィンセントがどこにいたって迎えにいくつもりはなかった」


リーブはユリアの意図を測りかねて、困ったような表情を浮かべている。それをみつめるユリアはやけに晴れやかな表情。


「…わたしも、自分が一番幸せになれる選択をしてみようと思っただけ」
「… ユリアさん?」
「…ヴィンセントの隣にいるのも幸せだったけど…彼にはやっぱり、一番大切な人がいる…今は、シェルクもいる」
「…しかし、あなたは彼の…」
「ううん。それはもう、いいの」
「…?」
「もう、いい…ヴィンセントのことは、大切だった…わたしが『生きてた』頃の恋人と同じで…」


彼女は自分へ何を伝えようとしているのだろう。リーブは無意識に立ち上がって、ユリアの方へと歩み寄っていた。大切「だった」と、もういない人を並べてそう語るユリア。まるで――いや、それはあまりに――


「…わたし、ここには…証明するためにきた」
「…証明…」
「うん。わたしが…あなたの、そばにいたいって、そう思ってることを」


ユリアは少し緊張しているのか、身を固くしていた。
リーブは、それを聞いて、呆然として立ち止まる。今彼女はなんと言っただろう。そばにいたい――誰の?


「…それ、ほんま…?」
「…もし、リーブが…許してくれるなら」


今度はユリアがリーブへ歩み寄る。そう離れていなかった距離はすぐに埋まって、リーブの目の前にユリアが立っている。手を伸ばせば掴めてしまうところに。


「…ぼくでええの…?」
「あなたがわたしでいいなら…」


これは現実?それとも夢?
リーブは思う。心がふわふわとしていて、うまく頭が働かない。夢なら醒めないでほしいと思うのに、これが夢でないことを確認したくて、彼女の右腕に触れた。――暖かい。優しく引けば、さらに一歩近づいて、さらりと揺れる髪がリーブの肩を撫でた。不安げに揺れる瞳がリーブを覗き込んでいる。


「ケット・シーが一緒だった時からずっと…お礼を言いたかった。間違ってばかりで、謝ってばかりだったけど…本当はありがとうって、言いたかった」


彼女に特別な人がいるのだと知りながら、彼女を愛してしまった。それはそっと、心にしまっておこうと――そうしなければならないと思っていた。それなのに、その苦しみを、その心を分けてほしいと、願ってしまった。それは罪深いことで――許されないのだと思っていた。彼女を傷つけてしまったし――きっと、一生それを後悔するのだろうと。ここで事後処理に没頭していたのも、本当を言えばユリアが彼と共に戻ってくるところを見たくなかったからだ。彼女の憂いの原因はもうないし、きっとユリアはヴィンセントと。リーブはそう、思っていた。


「…うれしい…すき…すきや…ユリア」
「…リーブ」


わたしも、好き。
ようやく不安げな瞳はゆるりと細まって、ユリアは笑顔を浮かべる。鼻先がふれあいそうな至近距離で、温かな光を灯すユリアの瞳がリーブのそれを覗き込んでいた。その表情は、ここ最近見ていた空虚なそれではなくてもっと――花が咲いたような、そう、リーブが大好きだった、あの笑顔で。


リーブが優しく口付けると、ユリアは抵抗せずに、瞳を閉じてそれを受け入れる。


あの夜何度も触れた唇だった。柔らかくて、愛おしい。何度か啄むと漏れる吐息は色っぽくて、けれど、それは少し虚しかった。今はただ触れ合うだけなのにこんなに――暖かい。


唇を離したくなかった。リーブが緩く閉じた瞳を少しだけ開けると、同じように目を細めていたユリアと目が合う。お互いそれに笑って、恥ずかしくなって再び瞳を閉じた。ユリアの両手がそっとリーブの首に回る。リーブは腰と頭に手を回してユリアを引き寄せる。


――このまま時が止まればいい。
そんなことを本気で思った。