Another epilogue: you deserve everything you want.



――もう、わたしはあなたを探さない。あなたも、そうして。
最後の言葉がずっと、胸に刺さって抜けずにいる。





「ヴィンセント、やっと戻ってきた!遅いよー!」
「ユフィなんだかんだいって心配してたもんね?」
「は?なにそれ、気持ち悪い!」
「気持ち悪いって…まあとにかくヴィンセントおかえり、中に入って」


広大な大地を走る装甲車にはつい先日共に戦った仲間たちが一人の英雄を待っていた。オメガとカオス。星の終わりを運ぶその力たちは、この男の手によって再び星へと還った。再びそれが動きだす時まで、二つの力は眠り続けることになる。


「シェルクも、ありがとう」
「…いえ…」


彼女は感謝されることに慣れていないから、そう真っ直ぐにありがとうと微笑まれ、それに困ったように視線を彷徨わせると、結局俯いてしまう。外見はまだ幼い少女であるシェルクのそれはとても可愛らしくて、見ていたティファやユフィは顔を綻ばせた。ヴィンセントはその様子をいつもの無表情の中でわずかに瞳を穏やかに緩めて見やった。


こんな平和で暖かな結末を求めていたわけではなかった。ヴィンセントは自身を罪人であると位置付けていたし、ただ眠り続け時を止めるのをやめただけで、幸せとは己が得ることの許されないものであると考えていたから。


たとえそれゆえに、彼がどうしても愛してしまった、一人の女性を決して、幸せにできないのだと知っていても。


この暖かな光景には欠けた部分がある。
そしてそれはもう永遠に埋まることはない。








車はやがて静かに停止した。エンジン音が消えて、後ろの扉が開くと、そこは数週間前に破壊されたWRO本部の跡地だった。改修は急ピッチで勧められ、その近くにプレハブ小屋が立っている。ここが現在の仮本部なのだと、ティファが説明を加えた。


プレハブ小屋は、小屋というには巨大で、仮の建築物にしては丈夫な作りをしている。隊員たちがせわしなく行き交い、ヴィンセントの方を見ては一礼をして去ってゆく。


「すっかり人気者じゃん、ずるいよな〜!このユフィ様だってバッチリ活躍したってのに!」
「たしかに、今回は完全に手柄、ヴィンセントに取られちゃったね」


笑うティファとは裏腹に、ヴィンセントは煩わしげに眉をしかめている。注目されることを好まない物静かな彼が、キラキラと憧れの眼差しを向けられているのはどこか面白く、ユフィはニヤニヤと笑っていた。そうしてそう長くもない廊下を歩くと、奥に鋼鉄製の黒い扉が見える。


――ここが執務室だよ。
そう言ってティファは立ち止まった。そこではリーブが今回の後処理に追われているはずだった。ひとまずは無事を報告して、それからヴィンセントが今までどうしていたのかも含め、詳細に報告をする必要があるだろう。ティファが右の壁に埋め込まれたパネルに触れると、静かに扉が開く。


そうして、そこにいた誰もが、扉の先に広がる光景に言葉を失った。


「…っ」
「…え」


ひと組の男女が、口づけを交わしている。
これ以上ないくらいに、満ち足りた、幸せそうな表情で。


――もう、わたしはあなたを探さない。
最後に聞いた彼女の声がヴィンセントの頭の中で反響する。口を開くことも視線を逸らすこともできずに、ただその光景を見つめていた。


ティファは、何も言わずにもう一度パネルに触れた。機密保持のために防音設備の整った頑丈な扉は音も立てずに再び閉ざされたが、ヴィンセントはまだその扉をじっと、見つめていた。


「…ヴィンセント・ヴァレンタイン」


名前を呼ばれて、ハッとしたように少女へと視線を向ける。周囲を見渡すと、皆が気まずげにヴィンセントを見ていた。――部屋でリーブと共にいたのは、ユリアだった。


「…リーブだったのか」
「…どういうこと?今のなに?え、ヴィンセント知ってんの?」
「…」


ヴィンセントはユフィの問いには答えず、マントを翻して執務室を離れてゆく。それを3人は追いかけることもできずに、顔を見合わせた。ユフィは混乱していて、ティファは何かを知っていた風に気まずげで。シェルクはいつも表情が薄くて、感情が読み取れない。


「…ユリア、『あの時』ヴィンセントに別れを告げたんだって」
「そっか…」


ティファの言葉にユフィはまだ動揺しているようだった。
それを静かに見つめていたシェルクが口を開く。


「…ここを出る前のユリアの表情はとても晴れやかでした。覚悟を示すために、ヴィンセントを迎えに行かないのだと、そう言っていました」
「…覚悟…」


ティファはその言葉に、ユリアがずっと抱えていた苦悩に思いを馳せる。
ヴィンセントはずっと、ルクレツィアを探していた。世界中を旅して、愛した女性のことを。何も言わないユリアがどんな思いでいたか、きっとヴィンセントは知っていたはずだ。それでも、それをやめなかった。


「…ま、アタシはずっとヴィンセントはやめとけって言ってたしね」


ユフィがそう言う。ティファはそれに反論できなかった。
3年前、旅をしている間幸せそうにしていたユリアが、この3年の間に感じていた苦悩を知っている。1年前まではティファ自身も抱えていたものだった。そして、クラウドはそれを乗り越えようと――許されようとしたけれど、ヴィンセントはどうだっただろう。そばにいたい気持ちは痛いほどに理解できたけれど、それがユリアに幸せを齎すわけではないということもわかっていたし、ユリアもまた理解していた。


「…わたしたちは、エアリスみたいには強くなれないから」


ティファはそう言う。
だから、こういうハッピーエンドもありなんだ、と。


数日前エッジでユリアと話したことを思い出す。大切な人をどこまでも支えたかったこと、見返りを求めずに寄り添っていたかったこと。3年間苦しんで、その理想を果たせるほどに、強くなりきれなかったこと。――そんな風にがんばり続けなくても、幸せはすぐそこで見つけられるのだということ。


「…ま、いいんじゃない?ユリアが幸せならさ!」


ユフィのその言葉が全てに違いなかった。






ヴィンセントが本部を出ると、そこには果てしない大地が広がっている。空は青く、白い鳩が遠くの木から枝を運んでくる。穏やかな昼下がりだった。


ヴィンセントは何を言うでもなく、空をじっと見上げた。
オメガがゆっくりと、星へ還ってゆく。この広い世界のなかで生かされた命。愛した人が残した宝物。


ーー愛した人。最後まで、彼女へ告げられなかった言葉。


けれど、ただ伝えられなかっただけで。本当は。


「…愛して…いた…」


小さな呟きは風に溶けて、本当に届けなければならない人には届かない。もう、二度と。


――彼女が幸せであれば、それで。
ルクレツィアに対して思ったのと、まるで同じことを思う自分にヴィンセントは苦笑いを浮かべる。けれどあの時と違うのは、ユリアが、心から満ち足りた表情で、自分ではない誰かの愛情を受け取って、本当に、幸せをつかもうとしているということ。


彼女にはもともと、幸せになるに足るだけの価値があった。
――違う。ヴィンセントが知らなかっただけで、本当はこの世界に住まうものにはみな等しく、その価値がある。ユリアが生きているのか、ヴィンセントが人間なのか、それは些細な問題でしかなくて。


ただそこにいるだけで、すべての命は祝福される。


「…やはり私は…罪深いな…」


どうか、私が与えることのできなかった全てを受けて。
私の愛した君の笑顔を、永遠に。