今夜はこのままで、

「やった!ヴィンセントさん、火がつきました!」
「ああ。……薪を」
「はい、こちらです!」


夜の闇に似合わない明るい声が広い雪原に響き渡る。暗い闇の中で仄かに燃える小さな炎を消さないように慎重に薪を入れては空気を送り、焚き火を組み上げるとようやく大きくなった炎が辺りを照らし出した。


「わあ、ヴィンセントさん、上手ですね、綺麗な火……」


炎の向こうで無邪気に喜ぶ彼女。その表情が彼の瞳よりも鮮やかに光る赤い炎に色づいているのを見て、ヴィンセントは思わず腕を伸ばした。そのまま引き寄せれば抵抗なく彼の座る脚の間に立って首を傾げているが、今度は逆光が彼女の体を黒く染めるので、くるりと反転させて脚の間に座らせた。


「ヴィンセントさん、どうしたんですか?」
「……いや、」


理由は彼自身にも分からなかった。ただこうして雪原でたったふたり夜を明かすのはどうも精神を不安定にさせられる。目の前で燃え上がる炎の明かりは寧ろ、この先の見えない闇を一層深く感じさせた。眩い太陽の中を歩くよりも闇の中で生きている方が落ち着く彼はそれに安心感を覚える一方で、深い闇の中ではこの少女を見失ってしまいそうでおそろしい。燃え上がる炎は彼を焼き尽くさんばかりに高い温度で天へ立ち上って触れることもできず、彼女がもしその向こうへ消えてしまったならもう手を伸ばすことも叶わない。どこまでも彼女を手の届くところに置いておきたい彼は、それ以上何かを答えることもできず振り返って首を傾げる彼女を抱きしめた。それを質問に答えたくないと受け取ったのか、聡い彼女はそれ以上は尋ねようとはせずに黙って前を向いた。


それから少しの間ぱちぱちと燃える炎の音に耳を澄ませていた。時折燃え尽きた枝が崩れ落ちる静かな音が聞こえて、遠くで夜行性のモンスターの泣き声が響く。しばらくして再び彼女が口を開いた。


「クラウドさんたち、追いつけるでしょうか……」
「街を目指して歩けば合流できるはずだ、心配することはない」
「でも……ごめんなさい、ヴィンセントさん。私がみんなと同じペースで歩けないばかりに……」


申し訳なさげに俯く少女の頭を右手でそっと撫でる。旅の途中で戦闘になる度に逸れてしまいそうになる少女を必死に繋ぎ止めていたが、結局ふたりして迷子になってしまった。だから今は、珍しく彼と彼女がふたりきりで身を寄せ合っている。彼はそのこと自体は決して不快に思っていない——寧ろ、


「……たまには二人でこう過ごすのも、悪くはない」
「ヴィンセント、さん……」


首を捻って顔だけをこちらへ向ける、彼女の頬が少し恥ずかしげに——奥で燃える炎よりも優しい赤に色づいた。思わず頬を緩めると、彼女はそっと顔を上げて、彼女の視線が彼のそれと絡まる。


「私も、いっしょに過ごせてうれしい、です……」


こんなこと言ったらみんなに怒られちゃいますね、と照れ笑いする彼女に湧き上がる愛おしさ。闇に呑まれて消えてしまいそうな儚さを持つ腕の中の少女はしかし、そうして笑って腕の中にいる限り確かにその存在を感じることができる。そして彼女が此処にいる限り彼はもう、闇の中に孤独に立ち竦むことはない。


「ああ、私も……嬉しい」


甘く囁く彼の低い声に、ついに恥ずかしさが限界を迎えた彼女はぷい、と正面を向いてしまうが、そんな仕草でさえ可愛らしく見えてしまうヴィンセントは、小さく笑って彼女を抱く力を強めた。触れた先からは優しい温度が伝わる——決して彼を燃やし尽くすような激しいものではなく、ただ彼を包み込んで温める、穏やかな熱が。


彼女の光は闇をぼんやりと溶かして、その遠くはるか先までを映し出す。彼がその闇の奥に隠して長い間目を背けてきたことも、そこにあった大切な思いも、なにもかも全て。そうして決して彼を傷つけない小さな手がそっと彼をその闇の向こうへと連れ出すのだ。その先にはきっと暖かな陽だまりに包まれた、優しい場所が待っているのだろう。明るい場所は苦手だけれど、彼女といっしょならばそれも悪くない。





ふたりが共にいるならば、それがどのような場所でもそこが彼の在るべき場所。愛している、と消えそうに囁かれた言葉は白い雪に吸い込まれて遠くまでは届かないけれど、腕の中の彼女には確かに届いてその耳を赤く染め上げる。そうして今度は彼女の消えそうな声が彼の耳を擽った——私もです、と。


Nighty-Nightさんの連載はこのサイトができるよりずっと前から好きだったのでお話を(勝手にだけど!)書かせていただけるなんて夢みたいで(夢小説だけに…)本当に幸せでした。葛義ちゃん大好きです。ありがとう!連載を読んでいなくても分からないことはないと思いますが葛義ちゃんのサイトのお話も読んで欲しいです、いや、ヴィンセント夢を読みにいらっしゃる方なら私が言わなくてももう5年前には履修済みか…!