No title.

「今週の土曜、お暇ですか?」

 突然のことに一瞬思考が止まった。私を見つめたリーブさんが、にこりと朗らかな笑みを浮かべる。昼下がり、大きなガラス窓からは太陽の光がさんさんと差し込み、私たちを暖かく照らしている。え、今週? 土曜? どうして突然? あまりに混乱したせいか、腕に抱えた書類を全て床にぶちまけそうになって、慌てて両腕でぎゅっと抱え直した。え、仕事、の話、だろうか。でも、それにしては、言い方がすごくフランクな、ような。
 端末が、ピロンと軽快な音を立てる。反射的に覗き込んだそこに表示されるメッセージ。「じゃ、土曜よろしく! 久々の合コン、気合入れて行こー!」友人から届いたそれに、ゆっくりと脳味噌が回り出す。そうだ、土曜日、数合わせの合コンに誘われたんだった。最初は断ったのだけれど、あまりにぐいぐい押されたので渋々承知したのだった。私がリーブさんを好きなこと、彼女は知ってるはずなのに。そう、私の、好きな、リーブさんが、目の前に立って、にこりと笑っている。え、今、何が起きてるの?

「え、と、」
「予定が入っていなければ、少し付き合っていただけないかと思いまして」

 う、予定、入ってます。しかも昨日入れたばっかりの予定です。行きたくもないただの数合わせの合コン。最悪だ。やっぱり断ればよかった。今からでも断ってしまいたいけど、一度受けたものを取り止めるのも彼女に悪いし。後悔が滲み出ていたのだろうか、リーブさんの眉がしゅんと下がる。うう、申し訳ない。押し寄せる罪悪感に目を逸らしてしまいそうだ。

「もしかして、もう先約が……?」
「あ、……はい、そうなん、です」
「そうですか……それは残念です。せっかく、以前貴女が話していた舞台のチケットが手に入ったのですが」
「え、っ!?」

 ぺらり、とリーブさんが見せてきたそれを食い入るように見てしまう。二枚のチケット。本当だ。私がずっとずっと前から楽しみにしていた舞台だった。嘘でしょ。だって、すごく人気で、ファンクラブに入ってる私ですら抽選に外れてしまったのに。それをどうして、リーブさんが。

「もともとは友人のものなのですが、彼に仕事の予定が入ってしまいましてね。そう言えばナマエさんがお好きだと言っていたことを思い出して、譲ってもらったんです」
「あ、あ……!」
「でも、予定があるのでは仕方ありませんね。別の人を当たるとしましょう」
「ま、待ってください……!」

 腕を伸ばして、目の前のスーツをぎゅっと掴む。思ったよりも大きい声が出てしまったので、リーブさんが少し目を見開いた。舞台、見たい。だって、好きな俳優さんが出るんだ。それに、もっと、好きな、大好きな、リーブさんが、誘ってくれてて、これってつまり、デートっていうことで、だって、だから、そんなの、断ることなんて、できない。

「い、行きます! 私、土曜日、貴方と、」
「……先約の方は? 大丈夫なんですか?」
「はい。きっとわかってくれると思います」

 そう、彼女ならわかってくれるはずだ。だって、私がどれだけリーブさんのことが好きなのかを彼女は身をもって知っている。夜通し電話で語ったのはつい先日のことだ。彼女は途中から寝てたらしいけど、ああ、違う、そんなことはどうでもいい、どうしよう、何着てこう。浮き足立つ私を見て、リーブさんは満足そうにくすりと笑った。その温かい微笑みに、きゅんと胸が高鳴る。

「では、待ち合わせ場所はまた連絡しますね」
「はい、ありがとうございます」
「楽しみにしていますよ。ご友人にもよろしく伝えてください」

 にっこりと笑って、リーブさんは去っていく。その後ろ姿を見ているだけで、胸がきゅうきゅうと甘く締め付けられた。うそ、私、リーブさんとデート、できるんだ! 彼女に報告しなくちゃ! 端末を操作して、すぐさま電話をかける。ああ、土曜日が待ち遠しい。スキップしてしまいそうになるのを必死で抑えて、一歩足を踏み出した。自然と鼻歌を歌ってしまう。リーブさんが、どうして彼女との約束を知っていたかなんて、そんなこと、浮かれている私はちっとも疑問に思わないのだった。


ただすちゃ……りーぶさん、あの、すき……腹黒いりーぶさんすき……ウッ……すき……(なにもいえてない)