腕のいい修理士さん

※enchanted夢主×「いつかみたゆめ」(ふぅさんの連載)夢主の友情(?)夢です。enchanted夢主はユリア、いつかみたゆめ夢主はリク・マックハインで固定です。


 もう10年以上前のことになる。わたしがまだあのミッドガルのスラムにいて、自分がここにいる理由も意味も、自分が持っている力のことも、何もかも知らなかったあの頃に、時折店に来ていた女の子がいた。店で毎日お客様を相手にしていれば、定期的に訪れる人のことは覚えてしまうものだ。毎日のように店を訪れては食事をしていくビッグスさんもその一人。そしてその女の子もまた、わたしの中ではとても印象深い人だった。




 リーブから借り受けていた端末。今朝からずっとボタンを押しても電源が入らなくて、端末が動かないからリーブにも連絡が取れない。裏蓋を開けて中身を眺めてみたり、電池の向きを変えたり電源ボタンを長押ししたりと格闘してみたけれどどれも失敗に終わり、結局腕がいいと噂の近所の修理屋を訪れた。

「すみません」
「……」

 女性技師が一人で経営しているというその工場で、机に座ってなにか細かな作業をしているらしい女性の背中。声をかけてもぴくりとも反応しないのは集中しているからだろうか。邪魔をするのも申し訳ないと思ったけれど、わたしもわたしで端末がないととても困る。数分間の逡巡ののちにその女性の背中へと歩み寄って、そっと肩へ手を載せた。

「あの、すみません」
「……わっ!? あ、い、いらっしゃいませ。すみませんびっくりしちゃって……」
「いえ、こちらこそ……あら、あなた……」
「……?どうかしましたか」

 驚かせた謝罪は途中で途切れて、それを不思議に思ったらしい小首を傾げる彼女の黒い短髪が揺れる。作業着に全身を身を包んだ、赤い瞳が印象的な女性。どこかで会ったことがあるような気がして記憶を掘り起こす。

「……マックハインさん……?」
「どこかで会ったことありましたっけ……?」

 知らない女性に名前を呼ばれ、警戒するよりはむしろ考え込むようにまた視線がわたしから離れる。ヒーリンでは誰にも……とか、ロケット村では……とか、なにかをぶつぶつと呟いている彼女の頭からはもうわたしの存在など隅の隅まで追いやられてしまったように見える。

 少しだけ、懐かしい心地がした。

「七番街のスラムに……住んでましたか?」
「えっ?……七番街は……休日に何度か行ったことがあります。たしかブリッツっていうカフェがあってサンドイッチが美味しくて……あ、」

 ——ユリアさん?女性はようやく思い当たったようにわたしの名前を呼んだ。記憶の中の彼女よりも大人びた顔で、けれどその服も手も、あの時から大きくは変わっていない。その言葉に頷けば、こんなところで会えるなんて奇遇ですね、と彼女は笑った。

 マックハインさんはそう頻繁にあの店を訪れていたわけではなかった。少なくとも平日は働いていたらしい彼女は、休日の昼に時折訪れてはサンドイッチを片手に分厚い技術書をただひたすらに睨み付けているのがとても印象的だった。近づけばいつもぶつぶつと呟きながら何か考え事をしていて、注文したサンドイッチを届けるたびにびっくりしたように顔を上げる。それから閉店まで時間を忘れるように本を読み耽る彼女は、研究者か技術者か、とにかくきっとすごく優秀な人なんだろうと思っていた。

「わたしも、七番街スラムにいた人と会うのは久しぶりで驚いたわ。マックハインさんは七番街に住んでいたわけではなかったのね」
「はい、それにあれから私、プレートの社宅に引っ越しちゃって……」

 やっぱり、神羅の社員だったんだ。それはとても納得のできることだった。

「じゃあもともと神羅の技術士さんだったの? あれだけ熱心に本を読んでいたからきっと優秀な方なんだろうと思っていたの。マックハインさんなら安心ね」

 そう言って笑いながら、件の端末を取り出した。「これ、今朝から全く動かないのだけど……」と言ってそれを差し出すと、「WROの通信端末ですね」と一気に仕事モードになったマックハインさんがまじまじと外観を観察し、ボタンを押して、裏蓋を開いたりしている。やっていることは朝のわたしと同じだけれど、きっと彼女の頭の中ではわたしには想像もつかない不具合の原因がたくさんリストアップされていることだろう。

「バッテリーは充電されてるんですよね?」
「ええ、昨日は充電をして寝たから……」
「……部品だけでいいかもしれないし買い換えた方がいいかもしれません。中身を見てみないとなんとも……ちょっと待ってもらえますか。あ、この椅子座っていいですよ」
「ありがとう」

 そう仲がよかったわけではないとはいえ昔の知り合いに会っても、機械を前にすれば人よりも仕事。工具箱から何かを取り出して作業を始めた彼女を横目に椅子に腰掛けると、なんだかおかしくて口角が上がった。「ここを開ければ……」なんて、また小さな声で何かを呟いている。

 わたしはあの頃機械は苦手だったけれど、それはそうとして彼女のことは嫌いではなかった。嫌うほど彼女のことをよく知らなかったというのもあるけれど、それ以上に店を訪れるたび熱心に何かを考えて、閉店時間に肩を叩くまでずっと時間をわすれて集中していた彼女に興味を抱いていたから。

 しかし、プレートへ引っ越したというのは初耳だったもののたしかにある時から彼女は店へ来なくなってしまったし、店のあった七番街はもう……。だから、そんな小さな興味も記憶も全て心の奥底に仕舞われて、今の今まで思い出すことはなかった。けれど思い出したからには仲良くなってみたいとも思う。あ、やっぱり、と呟いた彼女が顔をあげたので、わたしも彼女の方へ向き直った。

「電源コネクタが壊れているだけなので、部品だけ変えれば大丈夫です。すぐにできると思いますがどうしますか?」
「ほんとう? お願いしてもいいかしら」
「はい、代金は8500ギルになりますが大丈夫ですか?」
「ええ」
「では30分ほど待ってもらえますか? 外に出ていても大丈夫ですが……」
「いいえ大丈夫、ここで待ってるわ」

 わかりました、とうなずいた彼女は立ち上がってのれんの向こうへ消えてゆく。きっと作業スペースは向こうにあるのだろう。わたしは鞄から本を取り出してページを開いた。

 機械の修理などどのようになされているのか想像もつかなかったけれど、工場は思いのほか静かだった。向こうから時折聞こえる金属が触れ合うような音と、わたしの手元でページがめくられる音。いつも通りなのか珍しいことなのかはわからないけれど、その間工場にわたし以外の客が訪れることはなかったこともあり、しばらくの間、その二つの音だけが工場に響いていた。





 ふと、そのどちらでもない音が聞こえて顔を上げた。向こうの部屋で座っていた彼女が立ち上がって、何かを確認するとこちらへと歩いてくる。壁にかけられた時計をみれば、ちょうど35分が経過したところだった。

「これで大丈夫です。確認してみてもらえますか?」
「ありがとう……あ、ついた……」

 ボタンを押せば画面が白く光る。ありがとう、ともう一度、彼女の真紅の瞳を見つめて言えば、よかったです、と彼女は笑った。

「では代金ですが、8500ギルです」
「……お釣り、いらないから全部受け取ってもらえる?」
「えっ、でもこんなに、」
「久しぶりに会えて嬉しかったし、端末が動かなくてすごく困ってたから。それにきっとまたお世話になると思うの」

 1万ギル札を差し出すとマックハインさんは少し驚いたようにしていたけれど、そう言葉を重ねると戸惑いつつもお金を受け取った。大したチップでもないし、どこかで美味しいものでも食べてもらえたらいいと思う。

 それよりも。

「もし……よかったら、連絡先を教えてもらえるかしら。できれば、プライベートの」
「えっ?」
「七番街スラムの頃の人間関係、ほとんど残ってないの。……よかったら、仲良くしたい」

 こういうことは直接言わないと伝わらないものだと思うから、思い切ってそう言ってみる。少しだけ胸がどきどきと鼓動を速めたような気がした。マックハインさんはそれにまた驚いたように瞳を見開いて、けれど嬉しそうに笑って、「ぜひ」と返した。

「リクでいいですよ、ユリアさん。これ、連絡先です」
「ありがとう。わたしのこともユリアでいいわ」
「はい。じゃああの、ユリア、まだ仕事中だから……」
「ええ、分かっているわ。よかったら休日にランチでも行きましょう?」

 ちょっとしたナンパみたいだ。でも、よかった。そんなことを思いながらその誘いに頷く彼女に微笑んで立ち上がる。仕事の邪魔をするのはよくないし、ひとまず退散しよう。端末にはリーブからの連絡が届いていた。長い間返事をしていなかったから心配しているかもしれない。まずは大丈夫だと返して、彼の仕事が終わったらたくさん自慢しよう。端末をものの30分で直してくれた凄腕修理士のことを。——ああ、彼も神羅に勤めていたのだから、リクのことも知っているかもしれない。

 その時は彼女が何者なのかなんて全く知らなくて、後日、その話を聞いたリーブが「ああ、リクさんですか」と懐かしげな声と共にその正体を話し出してひどく驚愕することになる。ランチなんて気軽に誘って大丈夫だっただろうか。なんて、今更思ったって仕方ないんだけれど。

 どこがいいか、いつにしようか。そんなことを考えながら、彼女に直してもらった端末を手に取った。