Girls’ night!

※ふぅさんの連載夢主「リク」絵麻さんの連載夢主「エマ」弊サイトenchanted夢主「ユリア」のうちよそです
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「かんぱ〜い!」

 ティファが元気よくそう言って、グラスの当たるカチン、という音が賑やかな酒場の片隅に響く。グラスを傾ければ甘いシャンパンが口の中に広がった。前菜に頼んだチーズとアヒージョがテーブルに並び、日が沈んでも明るい——寧ろこれからが始まりだとばかりに輝く眩い照明が立ち上る煙まではっきりと照らし出していた。

「なんだか不思議な感じ。リクさんとも、エマともユリアともそれぞれよく話はするけど、こうやって4人で会うとは思わなかった」

 同じようにシャンパンを飲み、チーズへと手を伸ばしながらティファが言う。全くその通りだと思う。エマが隣で頷いて、シュワシュワと立ち上る泡を興味深げに眺めながら口を開いた。

「本当だ。みんな仲良しのつもりでいたけどリクちゃんとユリアが並ぶの、変なかんじ」
「……それはそうかも」
「そうなんですか?」

 リクがふわふわと首を傾げるのにちょっとだけ苦笑い。エッジにいる間は時折お茶をしたり、機械の整備をしてもらったりしている彼女の素性を知ったのはかなり前のことで、以降も変わらぬ付き合いを続けているけれど、時折頭に浮かぶのは彼女の旦那のことだった。それで言えば、別にそんなことを考えて言ったわけではないだろうエマもまた同じ。

「まあ、リクにはお世話になってるから。電話も最近は調子がいいの、いつもありがとうね」
「それはよかったです」

 誤魔化すように言った言葉にリクはにこりと笑った。ティファもまた「そうそう、うちのコーヒーメーカーもリクさんのところに持っていったらすぐ直っちゃって!」と話すあたりさすがは街一番の工場だと思う。エマは「リクちゃん、すごい」と呟きつつ首を傾げていて、どちらかというと機械には疎いわたしもまたそれに頷いた。

 この会が催されることになったのは小さな偶然だった。セブンスヘブンに差し入れを持って行った折、ちょうどリクとエマとがセブンスヘブンで食事をしていたのだ。ティファとも、リクとも、エマとも、それぞれに面識はあったけれど4人が皆互いのことを知っているとは誰も知らなかった——リクとエマとは、それぞれの旦那のことを思えば自然なことにも思えるが——のではじめは驚いたけれど、いざ分かってみればとんとん拍子に話は進んだ。じゃあ来週広場の前のカフェで話しましょう、夜はお酒も出ておしゃれなのと言ったティファはよく此処に訪れるらしい。ウェイトレスのお嬢さんはティファを見るなり「あらティファ、一週間ぶりね!」と笑っていた。

 なんだか不思議な気分だ、と思う。神羅が健在の頃だったならこんな風に集まって話すことなど決してなかっただろうに、周囲は彼女たちが何者かなど知る由もないからこの賑やかなカフェの景色の一部としてわたしたちもまた当然のように溶け込んでいる。神羅の一員だった——そしてひとときでもわたしの日常のあった場所を跡形もなく壊し、その後もまた何度も敵として戦った彼らに対する感情は今も複雑で、それはティファも同じであるように見える。そして、彼ら本人ではないから、と彼女たちを完全に切り離せるほどにはわたしは大人ではなかった。それでも、彼女たちそれぞれに対して抱いている好意は決して嘘でも誤魔化しでもないから、リクやエマとこうしてテーブルを囲めるこおとは悪いことではなかった。世界が前を向き始めたのと同じように、わたしたちもまた色々なことを少しずつ過去にして、心の整理をつけようとしている。リクやエマがどんな思いでいるのかは分からないけれど、きっと彼女たちにも様々な思いがあるだろう。それでも、時が違えば敵同士だったかもしれない4人で、何も気にすることなくただお喋りに興ずることができる時間は尊い。

 シャンパングラスは空になり、ティファがテーブルに置かれたメニューへ手を伸ばす。次はビールが飲みたい、と片手を上げるエマに、そうしよっかとティファが頷いた。





 テーブルには時間が経つにつれ注文した料理がところ狭しと並べられてゆく。お酒は苦手なので、とジンジャエールを頼んだリクを除いた3人は次々に新しいカクテルやワインを頼んでは空になったグラスを店員が運んで行き、ティファの頬はほんのりと赤い。

 ある時までは平和に進んでいたと思う。最近の日常の話だとか、好きなカクテルはどれだとか、このノンアルコールカクテルならリクさんも飲めるんじゃない?とか、そんな他愛のない話をして、閉店の1時間前。テーブルの上に並んだピッツァやリゾット、ステーキなんかは全て食べきってしまって、目の前には食べかけのドルチェが並んでいた。

 アフォガードを何か分からずに頼んだエマが苦いと瞳に涙を溜めながら、エスプレッソを避けてバニラアイスを食べながら発したたった一言が始まりだった。

「そういえばみんな、旦那さんとどんな感じでセックスしてるの?」

 思わずナプキンを掴んで口を押さえる。すんでのところで何か大惨事になることは防げて、それから周りを見渡すとティファもリクも同じ体勢。一応確認のために更に向こうを見たが、周辺に座る知らない人々もまたそれぞれの囲むテーブルでの歓談に夢中になっているようだった。

 また、突然、どうして。ふわふわと首を傾げるエマは「どうしたの?」なんて暢気に言っている。目がとろんとして頬が上気している。ああ、酔ってるな、と一目で分かったが、分かったところで彼女の発言を止められるわけでもなく。

「いや、それはこっちの台詞。突然どうしたの?

 ティファの言葉に大きく頷いたのは、ほろ酔いのティファよりもずっと顔を赤くしたリクだ。どうやらこんな話に耐性のないらしい彼女はまだ両手で口を押さえたまま。

「だってせっかくの機会だし……ほら、リクさんともそういう話普段しないでしょ。でも社長とか絶対上手いだろうなって」
「あっ……え、う、うま……」
「クラウドはどうなの?ちょっと童貞っぽい」
「えっ……!?」

 エマの口からは次々と新しい爆弾が飛び出ては次々に着弾して爆発するので、リクは頭から湯気が出るんじゃないかというくらいに真っ赤になって、かわいそうにもう微動だにもしない。ティファは動揺を隠せないながらも少し混乱を脱したように「そ、んなことないけど……」なんて言いながら視線を斜め下へと向ける。

 それからついにエマの丸い大きな瞳が此方へと向けられた。思わずびくり、と体が震える。

「リーブさんはきっとすごく優しくしてくれるんだよね?」
「そ、うね……そうだと、思うわ……」
「わあ、いいなあ……うちのツォンもね、優しいは優しいんだけど。こないだ口でしたら、」
「ちょ、ちょっとエマ!」

 なかなか過激な話になりかけてティファからの制止が入る。

「ここ、私たち以外も人がいるでしょ!」
「大丈夫だよ、みんな騒いでるし聞こえてない」

 エマの言葉にティファは困ったように口を開いては閉じてを繰り返した。たしかに周囲は賑やかで、幸か不幸か誰も此方を振り返る様子はなかった。

「えっとね、それで、すごく苦くって。みんなどうしてるのかなって」

 エマはどうしてもそれが気になるらしかった。「わたしもツォンに気持ちよくなってほしいんだけど、でも飲むと苦いから……」なんて言う彼女はもしかしたら真剣に悩んでいるのかもしれない。ティファついに諦めたようで、仕方ないな、とため息を吐きながら会話に応じる姿勢を取った。

「別に飲まなくても、そういうのは気持ちが伝われば十分よ。ツォンにだってエマのその気持ちは伝わってるんじゃないかな」
「うーん、でも、他の人のことも気になるじゃない。ツォンは慣れてるし……」
「関係ないと思うけど……そうねクラウドはその……胸に、掛けるのが好きみたいで……」
「あっ、あのっ!すみません!このカクテル、ください!」

 ティファまでその会話に乗る姿勢を見せたからか、不意に動き出したリクがアルコールを注文する。「ちょっと、大丈夫なの?」と尋ねるティファにがくがくと頷くリク。「な、ならいいけど……」とティファは引き気味に頷いた。

「わたしは飲むしたしかに苦いけれど、特に嫌だと思ったことはないわ」
「リーブ……ユリアにそんなこと……」
「……わたしが自発的にやってることよ」

 流石にリーブが可哀想になってそう補足すれば、「ユリア、意外とやるのね」なんてティファは瞳を瞬かせる。ティファは意外にも、もうこの会話を楽しみ始めているらしい。

 ……わたしも、まあ、いいかな、なんて、そんなことを思い始めたのはお酒のせいだろうか。そんな冗談を心で呟いて——まあ、お酒には酔わなくとも雰囲気には酔えるし——「私も今度やってみようかな」と呟くティファへ視線を向けた。

「いいんじゃない、クラウドの反応も気になるね」
「ティファもユリアもすごい。わたしも今度ツォンで再挑戦する」
「いや、エマは無理しなくていいと思うけど……」

 そんな会話を続けるうち、ことんと小さな音が鳴ってグラスが1つリクの目の前へと置かれる。それをきっかけにわたしたちの、つまりわたしと、エマと、それからティファの3人の目線はまっすぐ、リクの方へと向けられた。まだ顔の赤いリクがびくり、と一度大きく震える。

「え、っと、あの……」
「リクさんはどう? その……社長のこと、口でしたりする?」
「……ええと、したことはありますけど……その、いつも吐き出すように言われるから……」
「えっ、ルーファウス、意外と優しいのね」

 ティファの驚いたような言葉に頷いた。ティファは今でも時折ルーファウス神羅と会うらしく、「まあでも、リクさんだものね……」なんてどこか納得した風で、思わず瞳を瞬かせてしまう。

「ルーファウスも恋人には優しいのね」
「それはもちろん!ユリア会ったことないの?」
「わたしが最後に会ったのは神羅が健在だった頃だから、リクといっしょにいるところは見たことないかな」

 勿体ない!とティファが笑った。リクは手元のグラスを傾けながら、「ルーはいつも優しいですよ、たまに……意地悪なことも、あるけど」なんて首を傾げている。

 なんだか自分の……性の話とか、そんな話をしているよりもずっと、恥ずかしい気持ちになる。わたしが知っていることはあまり多くない。実際に会ったのは旅の途中まで遡る。ロケット村でシドと口論する冷たい美貌の男性。不敵に細められた青い瞳ときらきらとした薄金色の髪。神羅カンパニーの「社長」としての姿——あれからもう何年も経つのだから変わっているかもしれない。少なくともプライベートでの姿なんて想像もできなかった。けれどリクはきっと、どちらの彼も知っているのだろう。時折会話に登場することはあっても直接それを聞いたことのなかったわたしにはなんだか、聞いてはいけない話のようにさえ思えた。

 思わず瞳を泳がせてしまうわたしをよそに、ティファとエマは瞳を輝かせていた。

「素敵!ねえ、やっぱり上手なの?」
「はい、あの……わたしも気持ちよくなってほしいんですけど、ルーがうまいからいつもそんなこと考えられなくて……」

 とろん、と細められた瞳はパートナーを思ってか、酒の力かーー9割方後者だろう。酔うには少し早くない? と思ったが周りの二人は盛り上がっていてそれに気づく様子もなかった。

「さすが社長様ね……」
「でも、わたしが嫌がることは決してしないんです。恥ずかしいこともあるけどやっぱり優しくて……」

 カクテルは半分ほどしか減っていないのにリクはいつも以上に饒舌だった。口からは次々とルーファウス神羅の話——それもリクの前でしか見せないルーファウス神羅の話が飛び出てくる。その口調がだんだんと舌ったらずになってゆくのにようやく気付いたらしいティファが「リク、大丈夫?」と尋ねたけれど、リクはまるで聞いていないふうに言葉を続けた。

「そっかぁ、だしたものは、のむんですね。のんだら、るーは、喜んで……くれ……しょ……」

 そのままばたりとテーブルへ顔を突っ伏す。間一髪でグラスをティファが抜き取った。

「リク、起きてる?」
「……返事ないね」

 ティファの言う通り、リクの口から漏れるのはむにゃむにゃとしたよく分からない言葉ばかりで、完全に意識は夢の中。幸せそうに笑うリクを見ればそれがどんな夢なのか、想像はできなくとも簡単に推測できる。時折聞こえる「るー」というのは彼女から彼への呼び名だろうか。かわいらしくて、微笑ましい。

 けれどさすがに一人眠った状態で話し続けるのも気が引けて、自然と場は解散しようという空気になっていた。

「リク、ひとりで帰れるのかな」
「……たしかに。ユリアは送っていける?」
「……ちょっと道に自信がない。ティファは?」
「多分大丈夫」
「え? 社長にお願いしちゃえばいいんじゃない?」
「いや、でもこんなところに……」
「大丈夫だよ、よく変装してエッジにいるし。ちょっと聞いてみるね」

 送っていこうとするわたしとティファを他所にエマは携帯で誰かに電話をかけ始める。「もしもし、ツォン?」という言葉を聞くにーー聞く前から明らかだったけれどーー相手は彼女の旦那だろう。少しの無言があってから「よかった! じゃあわたしもこれから帰るね!」と言って電話を閉じたエマが親指を上げる。

「10分くらいで社長がくるって」
「そう、じゃあわ会計して待ってようか」

 そう言えば忘れがちだけれど、エマの旦那様もあのツォンだった。トントン拍子に話が進んで、それならさっさと会計を済ませてしまおうと、すみません、と店員を呼び止めてチェックを、と告げれば頷いた店員が程なくして金額の書かれた紙を持って歩いてくる。4で割って……と頭で計算をしながら財布を開いたところでふと顔を上げた。

「リクの分、どうしよう」
「たしかに、今の状態じゃ払えないよね」

 わたしとエマの言葉に、ティファは「私が払っておくから大丈夫」と返す。

「でも悪いよ」
「そうね、わたしは来週リクの店に行くしその時にでも……」
「気にしないで、ルーファウスもリクもセブンスヘブンにはよく来てくれるの。その時にでも払ってもらうから……」
「すまなかったな、だがその必要はない」

 3人でどうしようか話し合っていたその時、向こうから聞き慣れない声が響いた。薄い金髪に、サングラスで瞳の奥は見通せないが明らかに顔の整った男性。「リク、起きろ」と彼女を呼ぶ声には先程の言葉とは違う柔らかさが感じられる。

 ルーファウス神羅だ。驚くわたしに視線を向けて「久しぶりだな」と言う彼にようやくそう気づく。彼はとても優しく彼女に触れた。「……るー、」と、眠たげに瞳を擦りながらリクが小さく呟く。

「ああ、帰るぞ」
「はい……」

 そう言葉だけは返すものの、立ち上がる様子を見せないリクは彼の胸へと擦り寄ってその鼻先をぐりぐりと押し付ける。緩く口元は釣り上げたルーファウスが背中を撫でるのに、わたしは見てはいけないものを見ている気持ちになりながら目を離せずにいた。

「リクが世話になった。金だが……リクは随分と楽しんだようだし私が全額払おう」
「えっそんないいよ、別に稼いでないわけじゃないし」

 ティファが止めるのにも構わずルーファウスはテーブルに置かれた請求書を手に取ると、金額を確認することもなく一枚のカードと共に店員へと手渡した。すぐに戻ってきた店員から受け取った紙に何か——おそらくチップと彼自身の署名だろう——を書くと店員が頭を下げて離れてゆく。

「あ、ありがとう……」
「構わん。リクはこのまま連れて帰るが……」
「大丈夫よ。ユリア、エマ、わたしたちも帰ろっか」
「そうだね。あの、リクさんのこと、よろしく」

 エマの言葉に社長は頷いて、相変わらず夢と現実の狭間にいるリクを抱き上げた。ひゅう、と小さく呟いたのはエマだったけれど、きっとティファもわたしも心の中では同じ気持ちだ。歩き去ってゆくルーファウス神羅を見送って3人になったわたしたちは顔を見合わせた。

「なんていうか……ルーファウス、すごかったね」
「リクさんに対してはいつもあんな感じだよ」
「それは知ってるけど……」

 2人の会話を聞くにルーファウス神羅があんな風なのは、特にリクの前ではいつも通りらしい。わたしはといえば今のルーファウス神羅とあの神羅カンパニーの社長だった男とは実は別人なんじゃないかという疑いを捨てきれずにいる。メテオ戦役後も彼と縁のある2人と違い、WROの関係者であるわたしはそう簡単に彼と会うことはできなかったし、そうでなくとも会う理由もなかった。初めてみる彼の妻への態度に驚きから抜け出せない、というにが正直なところ。

「……あの人もああいう顔、するのね」
「ユリアははじめて?」
「ええ、そうね」

 ティファの質問に頷くと、ティファは「私も初めて見た時は驚いたな」と笑っていた。それでももう、今となっては慣れてしまったらしい。わたしは……暫く慣れることはないだろうなあ、と思う。次にいつ彼と会うのか、もう二度と会わないのか、分かったものじゃないし。

「わたしそろそろ帰らないと。ツォンにさっき帰るって言っちゃった」
「そうだったね。そろそろ解散しよっか」

 エマの言葉と、それに返すティファの言葉に頷く。ありがとうございました、と店員の元気な言葉に見送られて店を出れば、秋の涼しい風が3人の間を吹き抜けていった。また、と手を振って家へ向かってひとり。仕事が終わらないというリーブは今日は本部に泊まり込みだというから、家に帰っても誰もいないはずで。慣れたことではあったけれど、先ほどの光景に当てられたのか何故だかそれがいつも以上に寂しく感じる。

「……電話でも、してみようかな」

 鞄の中には彼から借りた端末が入っている。家に帰ったら寝る前に、少しだけ。そのくらいしたってバチは当たらないだろう。今日のリクと、それからあのルーファウスの話をしてみよう。リーブはどのくらい2人のことを知っているだろう。そんなことを考えていれば家に着くのはあっという間のことだった。

 秋の夜は静かで、ゆっくりと闇は深まってゆく。どこかで恋人たちの笑う声がした。それは彼らかもしれないし、別の誰かかもしれない。或いは、わたしたちなのかも。