出張中のこと


「あ、あれ、」
「?どうしたケット・シー、知り合いでもいたのか?」
「ん、んー……いや、そうかなと思ったんですが、別人みたいですわ」

クラウドの言葉に誤魔化すようにそう返して、瞳をそらした。
視線の先にいたのはなまえだった。ここで声をかける必要なんてない、本社に戻れば本体で、いつでも好きな時に会えるのだから。そうは思っても、このコスモキャニオンの小さな村の中で、きょろきょろとあたりを見渡しながらいつもの白衣を揺らしている、彼女の姿が気になってしまうのも事実だった。別人だと言った手前じっと見つめることができない彼女をそれでもちらちらとこっそり伺っていれば、不意に近くにいたレッドXIIIが彼女の名を呼んだ。

「なまえさん!?」
「……? あ、13番の……ナナオくん?」
「ナナキだよ! 相変わらずオイラの名前全然覚えてくれないね!」

「……彼女は?」
「さあ、アイツの知り合いじゃねーか?」

クラウドとバレットが訝しげに話し合うのをよそに、レッドXIIIはなまえの方へと駆け寄った。久しぶりだねえ、元気にしてた?といつもの間延びしたような話し方で尋ねる彼女はレッドXIIIを実験する側の人間であるはずだが、レッドXIIIはしきりに炎の燃える尻尾を揺らして、まるで友人のようになまえに答えている。

「実験されてた頃と比べれば元気に決まってるよ!」
「ははっ、そうだよねえ。よかったねえお外に出れて」
「……お前は誰だ?」
「あっ、クラウド。この人は神羅の科学者だよ」
「……は?」

どうも、なまえです。歩み寄ってきたクラウド一行になまえはいつもの笑顔を浮かべて頭を下げた。真っ白な白衣は彼女が科学者であることを疑いようもなく証明しているが、クラウドはといえば突然現れた敵に対して、けれどもレッドXIIIの満面の笑みとのギャップに困惑してどう振る舞えばいいのかわからない、といった表情を浮かべている。

「お前、こいつらに実験されてたんじゃないのか?」
「うん、そうだけど……なまえさんはオイラのお世話係だったんだよ。ね?」
「うーん、まあ実は違ったんだけど、結果的にそういうことになっちゃいましたねえ」
「え、違ったの?」
「どうなんだろう……? まあお世話係なんて本当はいなかったし……お世話係といえばお世話係なんじゃないかな……?」

なまえの要領を得ない言葉にますます困惑の色を深めるクラウドさんと、「本当に変わってないね!」と慣れた様子のレッドXIII。私はといえば、何かを言ってボロが出てはまずいとただただケット・シーの口を塞ぐことしかできずにきょろきょろと、彼女とクラウドさんたちとを見比べることしかできない。

「……神羅に連絡を取らなくていいのか?」
「へ? なんの話ですか?」
「……俺たちの捜索命令が出ているんじゃないのか」
「そうなんですか? んー、んー……」

どうだったかな、と記憶の海を辿るように上を向く彼女は相変わらず警戒心がないというか、なんというか。万が一でも戦闘になろうものなら止めるつもりでいたが、この様子ではクラウドさんも戦うに戦えないだろう。実際彼らの表情はもはや困惑から呆れにシフトしつつあった。

「お前、そんなので大丈夫なのか?」
「何がです?」

今はここにはいないものの、クラウド一行はエアリスを連れている。古代種の生き残りの彼女は科学部門にとっても貴重な実験対象のはずだった。連れ戻す命令が出ているわけではないとはいえ、見かけたら報告くらいはすべきだろう。その必要はケット・シーがここにいる以上本当ならばないとしてもだ。つくづく研究以外のことには疎いなと思わされてならない。クラウドもその様子からいろいろ察したのか、ため息をついて諦めることに決めたようだった。

「……はあ。なんでもない」

そろそろ行くぞ。クラウドさんは背中を向けて歩き出す。

「あ、待って! なまえさん、元気でね!」
「ん? うん、ナナオくんも元気でね〜」
「だから、ナナキ!」
「ああ、ナナキくん」

結局彼女になんの挨拶もできないままで、なんやったんやろ、と小さく呟いてみせた。振り返って、クラウドさんの背中に大きな声で呼びかける。

「クラウドさん、ボクを忘れんといてや〜!」

デブモーグリを動かしてみんなの背中を追いかけていれば、きっと誰にも気づかれないだろう。本当はボクも彼女と話したかった、なんて、そんなことを思っていることなど。

ま、彼女が本社に戻ってくればいつでも話せるし、別にええんやけどな。
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