Over the rainbow


ーー虹の彼方には、夢のような場所があるという。
そんなおとぎ話のようなものに縋ろうと思ったわけじゃあないけれど。

「キャッホー!!」

思いっきり叫んだら周りの人たちがこっちを白い目でみてる。でも全然気にならない。だって、初めての1人旅、初めての地球。地球は日差しは強いけどご飯が美味しいらしいし、人も優しいんだって聞いたから。

第七師団のみんなはいい人だったけど、でも神威は容赦なく殴ってくるし蹴ってくるし殺されかけるし、ご飯も神威に取られちゃうし、一日中働かされて寝ようとしたら神威に殺されかけるから疲れちゃったんだ。少しくらい休暇を取ったって許されるはずだ。有給なんて(あるかも知らないけど)春雨に入って以降1度も取ってない。でもそんなことをあの馬鹿提督が許すわけないから、ちょっとだけズルをした。鬼兵隊のシンスケの力を借りたのだ。

そうして無事降り立った江戸の街は輝いて見えた。まだ朝なのにターミナルはたくさんの人が忙しなく行き来そている。とりあえずここを出て朝ごはんを食べよう。そう思い立ってターミナルを出ると賑やかな江戸の街並みが広がっている。普段見ることのない眩しい太陽に慌てて日傘を差して、街を歩き始めた。

「わあ、いろんな建物があるー…!」

感激しキョロキョロしてしまったがまるで田舎者みたいだって気づいて慌てて前を向いた。それでも街並みが気になってつい視線を彷徨わせてしまう。初めての街を1人であるくのがこんなに楽しいなんて。しかもターミナルは目立つから、どれだけ歩いたところで迷子になることもない。

「地球、最高か…!!」

そうして目に入った定食屋の文字にここご飯だ!と思ったその瞬間、

「おいチャイナ娘、こんなところで何してやがんだィ」

見知らぬ声が聞こえて肩を叩かれた。反射的に攻撃しそうになるのを一瞬で堪えて(だってここにいるのはほとんど地球人だし、無駄な殺しをして騒がれたら面倒なの!)振り向いた。

「だあれ…?」

後ろにいたのは黒い服をきた男の子だった。男の子はそれに少し驚いたような顔をして手を離した。

「すいやせん、ちょっと知り合いに似てたんでさァ」
「なるほど。大丈夫です?」
「なんで疑問形なんでィ」
「うーん…?」

なるほどこいつァただのアホか。そんな失礼な声が聞こえてちょっとだけムッとした。言い返そうとしたら

「沖田総悟」
「え?」
「俺の名前でさァ。お前は?」
「…名前だけど」
「ここで会ったのも何かの縁でさァ。江戸は初めてなんだろィ?案内してやりますぜ」

そう言って並んで定食屋に入った。ソウゴさん、という彼はどこか神威に似ている気がするので気を抜けないが、とは言っても定食屋に入ると美味しそうな匂いが鼻の中に広がって、そんなことを考える暇もなくなった。

「おじさん!こっちからこっちまで全部2人前ずつちょーだい!」
「はァ!?嬢ちゃん何言ってるんだい!?大丈夫なの?」
「大丈夫!お金なら持ってるから!」

そんなやり取りをしているとソウゴからびっくりしたような目を向けられた。

「アンタ、やっぱり夜兎かィ」
「うん!よくわかったね!」
「そりゃその服にその傘、オマケに大食いとくりゃなァ」

聞けばソウゴの友達に夜兎がいるらしい。こんな偶然、とは思ったがどうせいつも夜兎と暮らしてるんだしどうせなら地球人と話したかったわたしは口を噤んだ。そうしているうちに食べ物が運ばれ始める。

「なにこれ美味しい…!!これも……!!これもだ……!」

口に入れるもの全部があんまりにも美味しいので感激してしまった。涙が出そうだ。そう思いながらあっという間に一皿を食べ終えてしまって次に取り掛かる。食べている間にも料理が運ばれてきて、若いお姉さんが料理を運んでは空いた皿を下げていった。

「ごちそうさまでした…!」
「すげえ食いっぷりだァ、食べる気なくした」

食べ終わる頃にはもう幸福に包まれて周りなんて見えなかった。隣でそんな声が聞こえたけどソウゴも自分の分は完食しているのを見て何も返さない。それにしても人生で1番おいしいご飯だった地球ってなんて素晴らしいところだろう。春雨やめて地球に就職しようかな。

「ソウゴ、次どこ行くの?」
「そうだねィ…」

お金を払って店を出ると、ソウゴは大通りを歩き出した。

アクセサリーショップ、駄菓子屋、着物屋、クレープ屋、たい焼き屋、おもちゃ屋、パン屋、…とソウゴはたくさんの店を案内してくれた。第一印象の神威に似てるっていうのは間違ってなかったみたいで、やっぱり行く店行く店でソウゴの分も勝手に払わされたけど、お金はたくさんあったから気にする必要はなかったし、何より楽しかったから全然気にならなかった。アクセサリーショップでは神威みたいな透き通った青い石のネックレスがあって、着物屋には神威が着たら似合うだろう綺麗な袴が売っていた。食べ物のお店では神威が好きそうな食べ物を1つずつ全部買った。そうしてわたしの両手がいっぱいになった頃、ふいにソウゴが裏通りに入る。何も疑問に思わずついて行くと、そこには数十人の刀を持った地球人が立っていた。

「真選組の沖田総悟だな?」
「だったらなんだってんだィ」

え?何この空気。ソウゴも刀構えてる。え?殺気?

「女連れで来るとはいい度胸じゃないか」
「いやこいつァ女じゃねェや。定食20人前食う女なんて女たァ言わねえ」
「えっそれどういうことよ」
「そういうこともなにもそのままだァ」
「わたしだって女の子だよ!!」
「いつまでいちゃついてる!」

ソウゴと言い合ってたら向こうの刀持ってる人たちが突然怒って襲いかかってきた。もちろんわたしじゃなくてソウゴに。でもソウゴはなんで襲われてるんだろう?なんか悪いことでもしたのかな?でも襲ってる側の方がよっぽど悪そう、でもここにはソウゴから来たんだよね……

そんなことを考えていたら目の前に掛かった陰に気づかなかった。

「おりゃあ!」

そんな掛け声を上げて刀を振りかざす男に思わず蹴りを入れる。大きな音を立てて壁に転がった男はギリギリ死んでなさそうだ。よかった、地球では人を殺すと面倒なんだって言ってたから。なんだっけ、ナントカっていうお巡りさんがくるんだって。

「そりゃあ名前、真選組のことでさァ」
「あ、そうそう!って、あり?」

真選組?さっき聞いたような。

「ソウゴおまわりさんだったの!」
「今更かィ。これだから田舎モンは」

なんということだ、ソウゴはおまわりさんだったのか。なんだかんだ巻き込まれる形になったわたしは、買ったお土産たちが潰れたり汚れたりしないようにしながら襲いかかってくる男たちを壁に叩きつける。決着はすぐについた。

「巻き込んどいてなんだが、ありがとうございやした」
「やっぱりわかってて巻き込んだんだ!ひどい!まあ楽しかったからいいけど!」

殺さないように戦うのは大変で、今日はうまくできたと思う。でもちょっと物足りないな。いつもは神威相手だから…

「物足りない、って顔してやすぜ。俺とやり合ってみるか?」
「えっ全然!そんなことないよ!」
「冗談でさァ」

そんなソウゴ相手に殺さないようになんてさっきのを見る限りできるわけないからすぐに断ったら笑われた。そして

「今日は楽しかった。俺ァちょっとばかし用ができちまったんで案内はここまででさァ」
「うん、わたしも楽しかったよ!はい、これ!」

おそらく倒れてる人たちを連れてくんだろうと思ったので、特に用事を聞くこともなく手に持ってたたくさんの袋のうちの1つを手渡した。

「これは?」
「途中でかったオニギリ?っていう食べ物!ありがとうの印!」

実はソウゴがトイレに行っている間にお礼の品を買っていたのだ。気づかなかったソウゴは驚いていたけど、その後笑ってありがとうって言ってくれたからなんだか嬉しくなった。まあどうせ街中でソウゴが買ってたものは全部わたしの財布から出たものだし今更なんだけどね!それを思い出したらなんかちょっとだけ仕返ししたくなって、

「じゃ、神楽ちゃんによろしくね!」

そう叫んだらソウゴはびっくりしたみたいな表情を浮かべた。それにしてやったりって顔をしてから、反対側を向いてターミナルに駆け出した。ソウゴの気配は近づいてくることはなくて、ちょっと寂しいけど楽しかったなあと今日の色々なことを思い返した。

「どこ行ってたんだこのすっとこどっこい!」

約束してた地球にほど近い星の鬼兵隊の船に戻ると、出迎えたのは何故かシンスケじゃなくて阿伏兎と神威だった。阿伏兎に拳骨をもらって頭を撫りながら有給休暇だと返すとウチにそんなものはないと二発目を喰らった。神威も珍しく笑ってなくて、

「名前の分際で勝手にどこかへ行くなんて、死にたいの?」

なんて真顔で言われて怖くなった。目に涙が溜まる。でも、

「地球に行ったの。お土産いっぱい買って来たから許して…?」

そう言いながら両手一杯の袋を下ろすと、瞳をぱちぱちして少しだけ雰囲気の柔らかくなった神威に、1つずつ袋を開けた。大半は食べ物だったからその場で団長が全部食べてしまったけど、袴を見た神威は少し嬉しそうに見えて、わたしも嬉しくなった。

「それでね、このネックレスも買ったの!神威の目みたいだったから!」

そういうと神威は「それを、俺に買ったの?」なんて言うから当然でしょって返す。神威はため息をついて、ネックレスをとって立ち上がった。なんか悪いことしちゃったかな…?そんな不安をよそに神威は近づいてくる。思わず目をギュッと閉じると、首元に何かが当たるのを感じた。目を開けると神威の瞳が目の前にある。少しだけ伏せられているから長い睫毛がよく見えて、それから少しだけ息遣いを感じる。え、神威、?

顔を真っ赤にして固まっていると、徐に神威の顔が離れた。

「アハハ!変な顔!」

そう笑う神威にやっと頭が回り出して、そして神威が何をしていたのかに気づいた。

「え、これ…」

首元に回っていたのはわたしが買ったはずのネックレスで。青い石がこっちを見てるみたいに光って、また恥ずかしくなった。

「こういうのは名前がつけるものでショ」

そう言って神威が優しく笑うのをみて俯いた。ああ言う風に笑う神威を見るのは苦手だ。すごくかっこよくて、うまく息ができなくなるから。でもそんなこともお見通しな神威はまたわたしに近づいて無理やり上を向けて。

団長の顔がまた目の前にあった。今度は瞳は閉じられてて、唇に…え?

思わず目をギュッと閉じた。背中には神威の腕が回っていて全身が神威の温もりに包まれていた。唇は柔らかくて、キスされてる、って今更みたいに認識した。

ーー長いような短いような口づけの後、神威は回していた腕を解くことなく、肩に顔を埋めた。

「お前のせいで今日は部下を殺しそうになっちゃったヨ」

次心配掛けたら殺しちゃうから。
そう言った神威に、この人は心配なんてそんなこともできるのか、なんて場違いなことを思った。その後に、今日1日のことを思い出して、神威の首に腕を回した。神威は顔を上げてこっちをみたので、笑って口を開く。

「あのね、今日はいっぱい色んなところ行ったけど、でも、」

地球のどんな場所よりも、ここが1番好きだなーって、分かったよ。
ソウゴは色々なところに連れて行ってくれたけど、でもどこにいても結局ずっと神威のことを考えていたんだ。だからお土産は持ちきれないくらいいっぱいいっぱいで、でもこれを持って帰った時の神威の顔を思い浮かべたら、全然苦じゃなかった。そして、それに気づいて思ったのだ。楽しいところはたくさんあって、きっと今日のあの短い間には行けなかったところにも楽しいところはたくさんあるんだろうけど、でも、どれ1つとしてここに、神威の腕の中にいる時みたいな気持ちになれるところはないんだろうって。そう思ったら、しばらく1人旅はいいかなって思った。

「お二人さん、若いのはいいけど、イチャつくなら部屋に戻ってからにしてくれないかなァ…」

神威の後ろでなんだかさっきも聞いたような気がする言葉が聞こえたけど、わたしは一々そんなのを気にする性格じゃあない。神威も同じことを思ったみたいだった。目を合わせると2人でイタズラっ子みたいに笑って、またキスをした。薄く瞳を開けると、阿伏兎が目を覆っていて、少しだけ笑った。

There's no place like home.
Birds fly over the rainbow,
but who cares?