空の色(仙道)



「あ、名前ちゃんまだいたんだ」
「うん、夕日が綺麗だから…今日の夕日が一番綺麗だよ」
「名前ちゃんそれ昨日も言ってたよ?」
「でも今日が一番なの」


夕暮れの教室、練習がいつもより早く終わり、なんとはなしに覗いた教室。窓辺に佇む、可愛い女の子。此方を確認する時にだけ少し振り向いて、それからやっぱり夕日に視線を戻してしまう。仙道から彼女を奪っていった夕日は教室に差し込んで、二つの長い影を生み出していた。


「せっかくならそこの浜辺で見ない?俺も一緒に行くぜ」
「たしかに、波打ち際で見れたらもっと綺麗かも!」


やっとこっちを見てくれた。仙道はそっと心で呟いた。
教室を出て、靴を履いて校舎を出る。校門を出て坂を下れば、信号の向こうに広がる海は夕日の色をしていた。キラキラと輝く水面を反射したような名前の瞳はまっすぐに海の向こうへと向けられている。階段を降りればすぐに砂浜。波打ち際でさえ赤く染まって、江ノ島の向こうに丸い太陽。反対側を見れば月が顔をだしている。


「綺麗だね」
「…うん…」


スカートに砂がつくことも厭わず座り込んだ名前はうっとりと呟く。仙道もそれきり口を閉ざして、隣に座ってただ海を眺めた。


ここでは、時間がゆっくりと流れてゆく。
ざあ、ざあ、と引いては寄せる波の音を聞きながら。
遠くに見えるヨットの帆が少しずつ揺れながら水平線の方へ流れていくのを眺めながら。
空を高く飛ぶ鳥の行く先を見つめながら。
夕日はゆっくりと沈み、赤い空はだんだんと夜の闇へと飲み込まれていく。そうして月は白く光り出し、星も輝いて。


「そろそろ帰ろっか」
「うん、なんかありがとう。せっかく部活早く終わったのに遅くなっちゃったね」
「いいんだよ、俺がやりたくてやったことだから」


スカートについた砂を払って、名前は立ち上がった。心のままに生きる名前の素直さが、仙道は好きだった。毎日眺める夕日を、ただただ一番綺麗だと喜ぶまっすぐな心が好きだった。


「ちょっと寒いね」
「もう冬だからね。ほら」


持っていたマフラーを名前の首に巻いてやると、驚いたように此方を見つめる。見つめ返す仙道の瞳はどこまでも穏やかだった。いつもと同じ、のんびりとした笑顔で。名前はその笑顔の意味をまだ、知らない。


「電車がくるまではつけとくといいよ」
「…あり…がとう…」


全てを見守る星たちが、今日も空を瞬いていた。