I'm not your only.




あの人の心に、別の誰かがいることは、好きになってすぐに分かったことだった。その「別の誰か」だけが彼にとっての唯一であって、わたしがそれに代わることができないということも、なんとなく感付いていた。


「明日お休みをもらったんだけど、もし時間が会ったらドライブでもしない?」
「あー…明日は…仕事が立て込んでいるんだ、すまない」


久しぶりに声が聴きたくなって電話をしたら、そんな返事。
ーー会えていないわけではなかった。そりゃあ仕事上ふつうのカップルよりは少ないかもしれないけれど、それで問題を抱えているわけでも、不満に思うわけでもなかった。ただ、その「すまない」の声には、仕事じゃないもっとなにか、別のものが込められていることが分かってしまった。ああ、誰かは知らないけど、彼にとっての大事な人のところへ行くのだろう。


「そっか、残念。仕方ないから家で映画でも観て過ごすよ」
「すまねェ…」
「いいのいいの、ちょうど観たい映画があってさ、DVDがやっと出たの。前に映画館にも観に行ったんだけど、…」


何でもない顔をして、世間話をしながら痛む胸を誤魔化した。
ーー不満なんて抱いたことはなかった。はじめから分かっていたことだったから。傷ついてもそばにいたいと、愛したいと。そして、ほんの少しでもいいから愛情を向けられたいと、思っていたから。そう決めて想いを告げたから。


「じゃあ、そろそろ寝るね」
「おう」


電話口の向こうがすこし騒がしい。大方彼の部下の仕業だろう。あの野郎、と小さく呟くのが聞こえて笑ってしまった。


「十四郎」


ん、と小さく返す彼の表情を思い浮かべる。


「愛してるよ」
「あァ、俺も」


ーー愛してる、とは言わなかった。全て曖昧にしたまま、いつか彼はわたしの前から消えて行ってしまうのかもしれない。


I know I'm not your only,
But at least I'm one.
(That's more than enough.)