しあわせにいきて


ショーウィンドウの向こうに無造作に貼られていたポスターに、思わず足を止めた。
赤い瞳の光る無表情の若い男は、この世界を二度救った英雄と呼ばれている。最後に会ったときから全く変わらない顔——変わったのはその服装と、あとは、髪も伸びたかな。ううん、でも、やっぱりなにも、変わってない。ショーウィンドウのガラスに写る自分と見比べて思わず苦笑いを浮かべてしまう。白髪が目立つし、目尻のシワも気になってしまう。唇だって、ガサガサだし。


しばらくぼうっとしていると、少し高い声が前の方から響いた。


「母さん、どうしたの?」
「っ、ああ、ごめんね」


青年はわたしのそれと同じ色をした瞳をきらきらと輝かせて、不思議そうに首を傾げていた。それからわたしの視線の先にあったそのポスターの存在に気づいてぱっと、表情を明るくする。


「あ、ヴィンセントさんだ!」
「うん、やっぱりWROでも有名なの?」
「有名どころじゃないよ!本当にすごい人なんだ、強いし……かっこいいし……!そうだ、ヴィンセントさんも今日が誕生日なんだよ」
「へえ、そう、なんだ。偶然だね」
「うん!やっぱり『英雄』みんなで祝うのかな、今日は局長もエッジにきてるし、どこかでパーティとかやってるのかも」
「なるほどね、楽しそう」


ヴィンセントのことに思いを馳せる息子の顔には憧れが読み取れて、もう何の関係もないのにどこか誇らしい気持ちにさえさせられる。そっか、今は誕生日を祝うような仲間がいるんだ。彼は人見知りでシャイだから冷たい人だと勘違いされてしまいがちだけれど、ちゃんと、そんな彼のことを理解してくれるひとに囲まれているの、かな。


(元気にしてたら、いいけど……)


幼い頃からずっと、いっしょに育った。大人になってからも、仕事がなければずっと、いっしょにいた。ニブルヘイムで失踪して連絡が取れなくなってしまうまで、ずっと。彼以外の人と結ばれる未来なんて一度だって考えたことはなかった。


昨日までと同じ明日が永遠に続いてゆくのだと考えていたあの頃から、随分と遠いところまで歩いてきた。きっとどこかに分かれ道があって、ふたつの道はつながってはいなかったんだ。それはもう交わることはないだろうと、大人になった今ならわかる。


「そろそろ帰ろう、父さんも待ってるよ」
「うん、そうだね。ケーキ潰さないようにね」
「母さん、僕もう子供じゃないんだけど」


拗ねたような顔は、今も家で部屋の飾り付けをしているだろう夫に似ていて頬が緩んでしまう。もういい年なのにいまだ子供っぽいところの抜けない無邪気な彼の血を十分に受け継いだ我が子は、二十代になってもまだどこか少年のように振舞うのでつい、いろいろ心配してしまう。まだまだ、こども離れはできそうにない。もう働いているのにね。


だから、そう。わたしは、夫と子供を抱きしめて、愛して生きてゆくので精一杯だから。歩き出した息子にならって体を前へ向けてからもう一度、ポスターの方を見た。


——あなたもどうか、幸福に生きていますように。


歩き出した瞬間どこかからふわりと、思い出の中の優しい香りが鼻を掠めたような気がした。





「ヴィンセント!どうしたの?」
「あ、ああ……なんでもない」


誕生日を祝うからみんなで集まりましょう、というティファの連絡に、言われるがまま久しぶりに訪れたエッジの街。懐かしい声が聞こえた気がして振り返った。白髪混じりの頭に長いスカートを履いた女性が、息子らしい男性と楽しげに話しながら歩いている。母の方を向いた息子の横顔は、幼い日の誰かに似ていた。