ポッキーゲーム


「そういえばポッキーゲームってあるよね、知ってる?」
「ポッキーゲーム、ですか?」


11月11日はポッキーの日だと誰かから聞き及んだらしいリーブがエコバッグいっぱいにお菓子の箱を詰めてほくほく顔で帰宅したのはほんの五分ほど前のこと。袋をダイニングのテーブルの上へと置いて中身を取り出そうとしていたリーブにふと思い出してそう呟くと、彼はきょとんと首を傾げた。


「ポッキーを両端から咥えて食べていって、折ったり目をそらしたりしたら負けっていうゲームらしいよ」
「……なるほど」


一度頷いたリーブはたまたま手に持っていた箱――イチゴ味のポッキーを開いて中身を一本取り出す。やってみるつもりらしいと察した私が興味本位で近づくと持ち手の部分を咥えたリーブが首を前へ。桃色のチョコレートをひょい、と差し出された。この人の口からピンクの棒が出てるの、すごく可愛い。思わず頬がゆるんでしまうのを抑えてチョコレートを咥える。ゲーム、スタート。


ぱり、ぱりと音がしてポッキーがだんだん短くなってゆく。お互い表情を変えずじっと見つめ合う。ぱりぱり、ぱり。そう長くもないポッキーはあっという間に口の中へと消えてゆき、彼の唇が触れた。あたたかい、今までも何度も触れた、彼の唇。どうすればいいかわからず無言で見つめ合う。むしゃむしゃむしゃ、と三回咀嚼するとすぐそばからむしゃむしゃむしゃ、とこだまのように同じ回数の咀嚼音。――これ、終わった後、どうするんだろう。


「……」
「……」


……そっと唇を離してみると、同じようにリーブも顔をあげて首を元の位置へと戻した。目を逸らしたら負けらしいので目線は逸らさないけれど、これ、どうしたら終わり、なんだろう。彼もどうすればよいのかわからないらしいのが伝わってくる。とりあえず中のポッキーを食べ切ってしまうと、目の前の彼も同じようにして。甘い。おいしいけど、気まずい。それからたっぷり30秒は、意味もなくリーブと見つめあった。瞬きの回数がいつもよりも多い気がするし、あと頬がぴくぴくと引きつっている、気もする。


「……その、」
「……うん」
「……ポッキーゲームというのは、これでおしまいですか?」
「……た、ぶん……?」
「……なるほど……」


あれ、おかしいな。ポッキーゲームってこんな、妙な雰囲気になるような遊びだったっけ。私も別に、そう何度もやったことがあるわけじゃない、けど……。思わずこてん、と首を傾げるとリーブも真似して首を横へ倒す。なんだかケット・シーみたいだなと思いながら、結局この遊びのゲーム要素はどこにあったんだろうと考えてみる。ポッキー咥えて、食べて、キス。何か面白いことが起こる瞬間、ある? 口には出さないけれどきっと、彼も同じことを考えているだろう表情。けれど結局諦めたのか、先に視線を外したのはリーブの方だった。


「よく分かりませんでしたが、ポッキーはまだたくさんあるのでいっしょに食べましょうかね?」


言いながらリーブの表情は花でも舞うような明るいものに変わった。ポッキーゲームへの興味は目の前の甘味にかき消えてしまったらしい。この人本当に甘いものが好きだなあ、と笑ってしまうけれど、それは私も同じなので大きく頷いてみせる。何を買ったの?と袋の中を覗き込むと、綺麗に整列された沢山の種類のポッキーが袋いっぱいに詰められていた。これだけあれば食事の時間以外ずっとポッキー食べてても明日くらいまでは楽しめそうでわくわくしちゃう。中にはみたことのないパッケージもあって、これは?と尋ねればリーブは、よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに大きく頷いてニッコリと笑った。


「此方は期間限定だそうです。期間限定と聞くとわくわくしてしまいませんか?」
「わかる……! いい買い物した気分になる……! しかも美味しそう〜!」


でしょう、と機嫌よく頷くリーブから箱を受け取って紙の箱を開いた。一本取り出してはい、と差し出すと薄く開かれた唇に差し込む。もう一本は自分の口に放り込めばチョコレートの甘味が口いっぱいに広がった。うん、ポッキーゲームはよくわからなかったけど、ポッキーはおいしいし、リーブも楽しそうだし、こんな一日も、悪くないんじゃないかなあ。次はどれ食べよう。あ、それも美味しそう!