静電気


芹沢さんは酷く臆病にわたしに触れる。何度抱きしめても、何度手を繋いでも、何度、体を重ねても。「君を傷つけたくないんだ、」と、口癖のようになってしまったその言葉を繰り返して、その後ろにまた「ごめんね」を重ねて。わたしは確かに強くはないけれど、そんなに怯えなくたって、あなたを怖がったりなんかしないのにね。



ばち、と触れた先から痛みが走って咄嗟に手を離した。


「いたっ」
「ご、ごめん! 痛かった? 大丈夫?」


一人暮らしを始めた彼の部屋は綺麗に片付けられている。もこもことした暖かな絨毯に座り込んで、背の低いテーブルに両腕を載せて、同じようにしていた彼のその指に、触れたかっただけだった。腕を伸ばしたことに気がついた彼が優しく笑って、私の右手をその両腕で包み込もうとしてくれた。その指先が触れ合った瞬間に、走ったそれ。離れた指と顰めてしまった表情に、芹沢さんは泣きそうな顔でごめんね、と大袈裟なくらいに何度も謝罪を口にする。大丈夫ですよ、と言ってもう一度彼の手へと腕を伸ばして、今度はわたしが両手を使って彼の右手を包み込んだ。


「お、オレのせいで本当に、ご、ごめ、」
「芹沢さんは今なにか……超能力、使ったんですか?」
「ち、ちがうよ……静電気……でも、」
「なんだ、やっぱり」


両手で包んだ彼の右手をぎゅっと握ると、どこか怯えたような表情で俯いてしまった芹沢さんは、わたしのことを触れたら溶ける氷か何かだと勘違いしてるんじゃあないだろうか。わたしはちゃんと人間で、能力はないかもしれないけれど生きているし、そんなに弱くはないんだけど。


「それは芹沢さんのせいではありませんね」
「……そう、なのかな……でも、」


でも、だって。一体なんの言い訳だろう。いまだに申し訳なさそうな表情の彼が申し訳なく思うことなんてひとつだって、あるわけないのに。


「芹沢さんは静電気を……操ったり、しましたか? わたしが痛くなるように」
「そんなわけない!」


芹沢さんはばっと音を立てて、俯いていた顔を上げる。必死の形相でぐっと顔をわたしに近づけた。君を傷つけようと思ったことなんて一度もない。それだけは信じてほしいんだと、一生懸命に訴える彼が強くわたしの手を握り返していた。こういう時に不器用な彼が、自分に怯えていることも、わたしを傷つけたくないことも、わたしはちゃんと。


「知ってます」


あなたが、わたしを傷つけたりしないこと。だから、大丈夫なんです。今みたいに、関係のないことで痛くても、あなたの力で、痛くても。だって、わたしは芹沢さんが好きだから。ゆっくりとそう告げても芹沢さんはまだ、でも、ぼくは、とぶつぶつ何かを呟いている。近付けられた顔はそのまま、鼻先さえ触れ合いそうなのにも気づかずに。それにちょっとした悪戯心が湧いて、わたしの方を見もせずに怯える彼の、その唇へ近づいた。


——ちゅ。ちいさなリップ音とともに離れたくちびるに、芹沢さんは「え……?」と声を漏らしてそのまま固まってしまう。


「っふふ、芹沢さん、かわいい」
「えっ、あ……いま、おれ……名字さん、え……」


そんなに動揺しなくてもいいでしょう、初めてなわけじゃあないんだし。途端、深刻そうな表情は影を潜めて、真っ赤に染め上げた頬を隠しもせずに慌て出す彼に愛おしさが募る。そうやってどんな感情も全て見せてくれる、あなたの素直なところが好きだから。傷つけたくないと思うその優しさも全部全部、伝わってるよ。


だからいつか、怯えずにわたしに、触れてくれたらいいなあ、なんて。今はわたしから触れるので、我慢しますけどね。