誰も気づかない



「またあんぱんばっかり食べてるのね。体壊すよ?」


今張り込んでいるという場所に訪れると、床中にあんぱんと牛乳パックが転がっていて、わたしは何度目かも分からない同じ言葉を掛けた。反射的に投げつけられるあんぱんを避けるのももう慣れてしまった。


ーー地味だとか、存在感がないとか、そんなことをずっと言われて育ってきた。同じ場所にいてもいないように扱われ、声を掛けるまでいたことさえ気づいてもらえない。それが私たち2人の共通点だった。付き合うようになってからも地味さは変わらず、2人で歩いていても誰も気にも留めない。ほとんどの人はわたしと退が付き合ってるなんて知らないし、なんならわたしのことをちゃんと覚えてる真選組の隊士なんて局長の近藤さんと副長の土方さんくらいだと思う。


「ああ、名前か。でもこの張り込みはもうすぐ終わりそうなんだ」
「それは良かった。終わったら好きなもの幾らでも作るわ」
「わあ、本当?じゃあ、」


そう言って好きなものをたくさん並べる退は、1日で全て食べきってしまうんじゃないかというくらいに期待に瞳を輝かせていてわたしは苦笑する。


「張り込みも大変ね」
「そうでもないよ。今回は攘夷志士とはいえほとんど不良みたいなものだし、明日には沖田さんのところの隊が動くことになってるから、明日には仕事も終わり」
「あら、じゃあ明日には帰ってくるの?わたしも今日は帰って買い物しないと!」


そういうとありがとう、とにっこり笑って此方へ歩いてきた。1週間もシャワーを浴びていないので少し異臭がしたけれど、構わずに抱き締めて、口付けた。顔を離した時に少しだけ緩む口元がわたしは好きだった。じゃあまたね、と挨拶を交わして潜伏先を出た。


「…明日、ね」


大通りを歩いてスーパーの方へ向かう、その途中の小道を入る。そうして、そこにいた男に声をかけた。


「万斉」
「名前、情報は掴めたにござるか」
「例の場所へは明日1番隊が入るそうよ」
「なるほど。取引の直前に潰そうという魂胆にござるな」


ーー地味だとか、存在感がないとか言われて育ってきた。だからスパイには誰よりも向いているし、そうして真選組から情報を抜き取ったところで、真選組の側はわたしの存在にさえ気づいていないのだ。隠してもいないのに。


「感謝する。またなにか情報が手に入ったら連絡してくれ」
「ええ、もちろん」


そして、わたしの胸の痛みや、わたしの涙に、気づく人もいない。万斉はわたしの様子に気づかない。
ーー潜入捜査はわたしの天職だ。


Ain't nobody prayin' for me.